ように反射しながら目眩く輝やいている。
 ゴーリキイは、ロマーシと並んで帆の下の箱の上に腰かけていた。ロマーシは静に云う。
「百姓達は俺を好かない。特別――金持ち連中は! この嫌悪は君も自分で経験させられるだろう」
 長い鉤竿で、羊の群を放ったように川面に浮いている氷を押しやりながら、パンコフのところに使われている髪蓬々の、坊主の古帽をかぶったククーシュキンが、二人の方へ顔を向け、有頂天に云った。
「アントーヌィッチ、殊に坊主があんたを好きませんや……」
「そりゃあ確かだ」パンコフが裏書きする。
「貴方はあの犬にとっちゃ、喉にひっかかった骨だからね」
「だが俺には友達もある――それが君の友達になるだろう」
 ゴーリキイにはロマーシの平静で、単純で、重味のある言葉が気に入った。何故、自殺しようとしたのだ、と訊かないのが、特に愉快だった。ほかの連中ならきっと訊いたであろう。
 クラスノヴィードヴォは、高い、峻しい崖の上に、教会の青い屋根が聳え、それからずっと山の端沿いに丈夫そうな小屋が金色に藁屋根を輝やかしている村であった。
 真直な大きい鼻のついた紅色の顔に、碧色を帯びた眼が厳格に光っている、背の高い、いかにも美しい一人の漁師が崖下の船着きへ下りて来た。声高く優しく云った。
「よくおいでやした」
 このイゾートはロマーシに対して親切に、配慮ぶかく、保護するようにさえ振舞っているのがゴーリキイにわかった。ロマーシは、これらの百姓パンコフや漁師イゾートなどとこの村で「人間に理性をつぎ込む仕事」百姓と小地主とを組織して農業組合をつくり、買占人の手から彼等をきりはなそうと試みているのであった。ロマーシは、手はじめにクラスノヴィードヴォの村にこれまでからある二軒の店よりやすく品物を売ることにした。
 ロマーシは、ゴーリキイがデレンコフの店で知り合っていたナロードニキの人々とは民衆に対して異った考えを持っているのであった。
「あすこの君達のところじゃ、学生達が民衆への愛についていろいろ喋っている。俺はそれについて云いたい。愛する――というのは、妥協し、寛容し、黙認し、許すことだ。が、民衆の無知を黙認し、その迷妄と妥協し、そのすべての卑屈さを寛容し、その野獣性を許すことが出来るかね? ニェクラーソフに溺れていたんじゃ何一つ出来ない。百姓は教えられなければいけない――お前が殴られない
前へ 次へ
全63ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング