比較裁量などということはしていない。一人の女としてその女なりの生活を認め、同時に自身の行くべき道も優しい心でしかも確りと認めている。オリガともそういう風な別れ方なのであった。
十八九歳でパン焼釜の前に縛りつけられていた時分、彼は仲間に淫売窟へ誘われた。彼はそこへついて行き、だが自分は放蕩をせず、不幸な娘たち[#「不幸な娘たち」に傍点]といろいろ話し、そういう場所へ来る大学生が、彼等の所謂教養にもかかわらず何故こんな性質のいい娘がこういう商売をしなければならないかということを一向不思議がらずに、平然とその娘を買うということを、若いゴーリキイは非常に驚いている。
晩年のトルストイとトルストイ夫人との間に生じた悲劇的な離反は有名である。ゴーリキイがトルストイの所へ出入りするようになった時にはもうこの徴候が充分きざしていた。「女に対して彼は、私の見るところ妥協し難い敵意を持ち、それを罰することが好きである。」という印象をゴーリキイは受けた。トルストイの当時の心持の中には、夫人との軋轢が一つの鋭いとげとなっていたかも知れない。しかしゴーリキイは非常に公平に一人の人間としてトルストイ夫人を見て
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