ソヴェト労働者の解放された生活
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)正餐《アベード》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三一年十一月〕
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家主がいない
ソヴェト同盟には地主がない、従って家主という小面倒な奴もいない。住居は殆どみんな国家のものだ。モスクワならモスクワ市の住宅管理局というものがあってそこから組合で、または個人で家を借りるのだ。
ところが一つ大いに愉快なことがある。それはさすがはプロレタリアートと農民のソヴェト同盟だ。家賃は借りる人が一ヵ月にとる月給に応じてきめられる。日本人なんぞは、例えば家主の権田の親爺が月十八円ときめてみろ、その家賃は一文だって動かしゃしない。払えないものは借りるナ! それっきりだ。
ソヴェト同盟では、モスクワ市について云うと九尺四方で四十カペイキ(四十銭に相当する)。それが基準だ。
一つの室でも、だから住む人間によって値段がちがって来る。月給六十ルーブリ(一ルーブリは一円)とる工場労働者が十ルーブリで借りていた室を、仮りに今度は百五十ルーブリとる労働者がかりることになったとする。室代は月給が九十ルーブリ増した率で何割か増して高く払うというわけなんだ。
痛快なのは、ソヴェト同盟の生産拡張五ヵ年計画がはじまるまで、狡いことして儲けていた小成金や商人が、三十ルーブリの室なら九十ルーブリという風に、いつもキット三倍の税をかけられていたことだ。家賃が三倍になるばかりじゃない。電燈料もガス代も水道税も三倍だ。それだけでも、奴等はすっかりへたばった。
革命後、ソヴェト同盟の保健省は工場、農村の勤労者たちをいい家に住まわせようと、大努力をやっている。共同住宅建築組合に補助金を出してドシドシ労働者住宅を建てているばかりか、新しく出来る大工場には、必ず附属の新式な住宅がある。
モスクワ市の中にだって、真中に花壇や子供の砂遊び場のついた新住宅が目立って殖えて来た。五ヵ年計画は、勤労者の住居増築のために七十四億九百万ルーブリという金を支出している。住宅の差配は役人ではない。住んでる連中から選出の委員制度だ。
うまい食事を
――やすくて、美味いプロレタリアの食事を――
レーニンは、婦人を台所から解放し、勉強したり、休んだりする時間を出来るだけ沢山与え、文化の程度を高めようとして苦心した。ソヴェト同盟では、十四年来面倒な台所を、大仕掛の国営厨房工場というものに変えることをやって来た。
尤も、昔からロシア人は、日本人のように三度三度米の飯をたべたり、味噌汁をのんだりはしない習慣だ。工場労働者でも、農民でも、スターリンだっても、朝はフーフーふくぐらい熱い紅茶にパンにバタをくっつけたのぐらいで、勤めに出てしまう。
昼十二時に、あっちでは朝飯というのをやる。一寸した腹ふさぎだ。卵をくったり、罐詰をくったり、牛乳またはチーズというようなものとまたもやパンと茶。
ソヴェト同盟では八時間、七時間労働だから四時すぎには仕事からあがる。ほんものの食事はそれからだ。独身者は近所の食堂でスープ二十カペイキ(二十銭)肉か魚野菜つき一皿、三十カペイキ。果物の砂糖煮十カペイキから十五カペイキ。こう三皿で「正餐《アベード》」となってるが、もちろん、三皿食うときばかりはない。
財布と相談だ。但、スープにしろ、ソヴェト同盟のスープは汁だけではなく、みがうんと入ってる。キャベジ、人蔘、ジャガ薯《いも》、肉片。魚スープもあり、量がひどく多くて、慣れないうちは食べきれぬ。
さて、夜は、ざっと朝のくりかえしだ。
世帯もちは、亭主が帰って来る時分までに、細君が石油コンロや瓦斯コンロで、食事の仕度をして待っている。――日本と大したかわりはない。
然し、めいめいが僅かばかりの肉だ、野菜だとわざわざ市場へ出かけて手間どって買って、燃料をかけて不美味いものをこさえるよりは、専門家が、材料も選び、料理に腕をふるったものの方が、やすいし、美味いし、第一時間がはぶけ、どんなに暮しが身軽くなるかしれない。
一九三〇年ソヴェト同盟では一日平均百三十万人分の公衆食事が扱われていた。
この写真にある通り、とてもハイカラな厨房工場がモスクワ市のはずれ、工場区域に出来た。
行って見て、びっくりした。チャンと売店があって、あっためるばかりの料理がいろいろガラス棚に並んでいる。子供のための献立、病人のための献立と分れている。工場からひけて来たソヴェト同盟のお神さん、連盟のお神さん連がつめかけて、重ね鍋に料理を買っている。別な食堂の入口から、二階の大食堂へ行くと、またなかなか洒落《しゃれ》てる。夏は、風通しよいところで食べられる
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