ような大ベランダがある。図書室がある。休憩室がある。此処では四十二カペイキ(四十二銭)で三皿たべられた。
 地下室の炊事場では、薯の皮むきからよごれた皿洗いから、みんな機械だ。白い上っぱりにコック帽の料理人、元気な婦人労働者たち、食事をしに来る勤労者のために玄関わきにひろい洗面所がある。料理場で働いている連中には、専用の浴室があった。
 モスクワ市内にだけでもこういう理想的な厨房工場を、五つも六つも増設し、五ヵ年計画の終りには都会入口の七割五分、農村の五割を公衆食事で養おうという勢いだ。
 もう一つ、いかにもソヴェト同盟らしい事実を知らせよう。
 何しろ、ソヴェト同盟では計画生産で万事やっているから、一億六千万人の人間一人一人が一年に食う食糧まで、あらかたは見当がついて割当てられている。金があるからって買い占めは出来ない。一九二九年からは労働者、勤め人、農民という風な人別手帳で何でも買うことになっている。ところでソヴェト同盟は五ヵ年計画で農産物の生産額をウント増し、一人当りの肉、パン、卵、野菜、バタなどの消費量を高めよう――つまりもっともっとプロレタリアート、農民にいい美味いものを食わせようとかかっているのだ。
 例えば現在ではソヴェト同盟の勤労者の一人が一年に食う卵の数は九〇個ばかりだ。それが百五十五個食えるようになる。
 肉類は四十九キログラムだったのが、六十二キログラムになる。牛乳、バタ類は、二百十八キログラムから三百三十九キログラムになるのだ。
 五ヵ年計画は、体のいい軍備拡張だとブル新聞は云うが、ソヴェト同盟がホントに勤労大衆の日常の幸福のためにやっていることは、これ一事だって明らかではないか。

        あがる賃銀

 同じ五ヵ年計画のおかげで、ソヴェト同盟では失業者がひとりもなくなった。
 労働時間は大人八時間、七時間で十八歳未満の青年労働者は平均六時間だ。十六歳未満は四時間労働制だ。(日本で幼年工は十時間から十二時間労働を強制されている。)五日目に一日ずつ休みのある五日制だ。こうして、労働時間が少なくなると、すぐ給料の減るのがブルジョア国のおきまりだ。が、ソヴェト同盟は五ヵ年計画で工場を電化し、優良機械を使用し、生産能率があがればあがる程、国が金持ちになればなる程労働者が直接賃銀としてそのわけ前を得る分量が殖えて来る。現にソヴェト同盟の勤労者はヨーロッパ戦争前の賃銀の平均三倍の賃銀を貰っている。
 ソヴェト同盟の全農戸の半分が集団農場に組織された。
 集団農場で働く農民の収入は、個人耕作をやる農民の年収の倍、或は三倍だ。それはそうだろう。第一税がひどくやすい。集団農場を組織して三年間は無税だ。種代、農具代は、政府の補助がある。集団農場員が冬を越すに必要な薪を伐り出す森林はタダで国家からもらう。集団農場員の家族は、年寄、子供で働けない者でも、集団農場が養って食わしてくれるのだ。何と安心だろう!
 しかも、集団農場にはグングン無料託児所や、共同食堂、クラブなどが出来ている。
 クラブは、都会の労働者クラブと同じだ。そこでいろいろ勉強が出来る。音楽サークル、文学サークル、演劇サークル、赤色救援会の組織などがある。五ヵ年計画でキネマ館が一万五千三百軒から八万七百軒にふえる。ラジオは四百万人が聴くようになる。
 実際、ソヴェト同盟は働く者の国だ! 芝居、音楽会、キネマなんかを見るのに、労働組合員は半額だ。
 毎年盛んなメー・デーのデモが行われるが、翌日五月二日の祭りには、あらゆる興行物が無代でスッカリ勤労大衆のために解放されるのだ。

        そして丈夫に

 医業国営=誰でも無料で診察をうけ、入院出来るようにというのがソヴェト同盟の理想だ。
 集団農場、工場は診療所をもっている。傷害保険、養老保険は、手前の賃銀からサッ引かれることはない。国家が負担する。一年一ヵ月ずつ給料つきの休暇を貰って、「休みの家」へ休みに行く。昔の美しい離宮、ブルジョアの大別荘が、今は楽しい勤労大衆の休み場所になっている。
[#地付き]〔一九三一年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
   1952(昭和27)年12月発行
初出:「文学新聞」
   1931(昭和6)年11月10日特別記念号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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