まえて、顔の筋をのばしている。彼等の前には、酒、酒。食いあらした料理の皿。爺さんの給仕が、白手袋をはめて、燕尾服のしっぽをふりまわしながら、その間を働いている。汗は爺さんの額に光っている。ピアノの音。三鞭酒《シャンパン》のキルクのはぜる音。ピリニャークが自分たちに訊いた。「何をたべましょうか?」
 はじめて自分は「作家の家」の内部を見たのだから、おどろいた。それから腹が立って来た。これがソヴェトの作家たちのやっていることか? ブルジョア国のカフェーと、どうちがう?――田舎くさいだけだ。しかも、みんな平然と、特に自分たちをひきつれた一行は或る権威さえもってるらしい風でそのなかにおさまっている。
 地下室のむれっぽい空気の中にあるのは「過去」だ、過去しかない。そう感じた。非常に不安になった。ソヴェトへこういうものを見に来たんではないと思った。湯浅と自分とは到頭二人っきりで先へその地下室から出て来てしまった。
 モスクワの細かいサラサラした一月の雪が、アーク燈に照らされ凍って真白な並木道に降っている。橇で夜ふけの街をホテルへ帰った。――
 二年たった。一九三〇年だ。「ゲルツェンの家」の門をはいって行くと、右手の庭に屋外食堂が出来ている。雨のふる日、椅子は足をさかさに立てて軒の内、テーブルの上へかたづけられている。が、今は、元の講堂が、作家たちの普通の食堂になっている。各作家団体の事務所はもとのままだが、地下室は閉鎖された。
 食堂の入口二箇所に小机を前においた女がいる。一人の方に、自分の所属団体の名と姓名を記入して貰う。次の小机で、作家たちは食券を買う。記入額は五|留《ルーブリ》だ。だが、二留半払えばいい。半額なのだ。
 若い元気のいい女が白い上《うわ》っ被《ぱ》りをきて、白や赤の布で髪をつつんで、テキパキと給仕してくれる。どの皿も半額だ。さっきの食券をわたして食べる。
 居る連中も、地下室時代とはちがう。一仕事がすんで息を入れに来ているらしい数人の男女が、ビールをのみながら、盛に喋っている。ドッと笑う。また議論はじめる。プリントをわきへおいてよみながら食事をして、読む方も食う方もまけず劣らず活溌にやってるルバーシカの男がいる。――
 ワロフスキー通の作家クラブへ行って見よう。
 ここは、もと象徴派の詩人ソログープの邸宅だった。一九三〇年の二月、作家クラブがおかれるように
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