ソヴェト同盟の婦人と選挙
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)労働《はたらき》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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        資本家・地主のロシアでは――

「牝鶏は鶏ではない。女どもは人間ではない」むかしロシアにはこういう諺があった。女は男よりねうちのないもので人間ではないと云うのだが、では、むかしロシアの女はどんな扱いをうけていたのでしょうか?
 一口に云えば牛や馬のように扱われていた。牛や馬は或る家に飼われ、そこの主人がこきつかうままにこき使われ、食わされるものを食い、ナブられ、あげくによそへ売られれば、それが厭だという抗弁も出来ない。哀れなものです。
 昔のロシアで、娘は親のいうことを絶対にきかなければならなかった。死ぬほどいやと思っても親同士が結納の取引をしてしまえば無理やり嫁に行かなければならなかったし、離婚も出来なかった。
 ことに農民の婦人の生活はひどく、全くただ働く道具としてだけ考えられた。字を読むことも書くことも知らず、辛い心の訴えどころがないので、つい坊主にだまされ、一生喜捨をまき上げられる有様だったのです。
 都会の勤労婦人の生活だって決してこれにまさったものではなかった。亭主はよくのんだくれる。そして女房を殴る。工場ではどうかというと、男と同じに汗水たらして働くのに、賃銀は半分ぐらいしか取れぬ。子供を腹にかかえても、休めば工場をクビにされるから無理押しに働きに出る。そういう勤労婦人が仕事台の下へぶっ倒れて赤ん坊を生み落すのは昔のロシアでは珍らしい出来事ではなかったのです。
 赤ん坊を生んだって、ブルジョアの工場は休みをくれない。子をなすのはお前の勝手だ。工場の知ったことか。働かすためにお前を雇っているのだというから、また翌日からフラフラの体を押して働きに出る。亭主だって僅の賃銀をもらい、しかも酒を飲むから、女房が働かなければ口がすごせない。
 工場へ赤ん坊はつれて行けないから、四つ五つの上の子に守をさせる。乳をのまされないから牛乳をあてがうが、赤ん坊の守をしている子は小さい。きっちり時間でなんか飲まされない。おむつもかえない。そんな有様で、どうしてかよわい赤ん坊は丈夫に育つでしょう。
 赤ん坊の死亡率はブルジョア時代のロシアでは実に高かった。工場で働く婦人たちが姙娠中養生をさせられなかったことと、ちゃんとした手当もうけられず出産しなければならなかったからです。
 こういう惨めな一生をブルジョア時代のロシアの勤労婦人が送らなければならなかったのは一体誰のせいなのでしょう?
 男が悪かったのでしょうか?

        女を卑めて誰が得したか

 ところで、その時代=ブルジョア地主のロシアで、プロレタリア農民の男がどんなに威張った楽な暮らしをしていたかというと、これはまるで反対に、哀れな奴隷の暮らしだったのです。威張るどころかブルジョア・ロシアの工場では労働者が工場主に対して自分たちの利益を守るための組合をつくることさえ禁じられていた。十人、十五人と集合して会合をもってさえも、巡査に知れれば直ぐ牢にぶち込まれた。失業保険はないし、年とるまで工場で搾られ、あげ句に放り出されれば乞食でもするしか生きる道がなかった。
 工場に働くプロレタリアートと地主の野良を耕す貧農にとって、暮らしの辛いこととブルジョアと地主とにしぼられることは、男も女も全く同じだったのです。
 それを、では何故ブルジョア・地主のロシアでは、勤労者まで女を一段低いものと思っていたのでしょうか?
 みんな、ブルジョア・地主どもの仕かける狡い教育にだまされてそんな考えをもっていたのです。
 労働者と農民がはっきりと、男も女も同じだけ働けばこの社会に暮らす権利は同じで、賃銀も当然同じでなければならないということを知って御覧なさい! 忽ち損をするのは資本家、地主です。
 実際には女だって男並に、時には男の知らないひどい働きをして彼等に十分儲けさせている。しかも、女は男に劣るという口実で、男の半分だけの賃銀で搾れるのだから、資本家、地主にとってその味は忘れられない。
 何とかしてその状態をつづけるために、坊主を動員して女は男に劣るものだ、女は男に屈従すべきものだと朝に晩に吹きこませる。労働者の男が理屈を云う女を、何だ生意気な! と思い、互に団結して資本家地主にぶつかって来ないよう、陰険な仲間割れをさせておいたのです。

        女も男と並んでソヴェト権力へ※[#感嘆符二つ、1−8−75]

 さて、余りの搾取に、ロシアのプロレタリアート・農民も、そろそろ目がさめて来た。地主、資本
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