け、一時間ばかり列に立った。体の大きいソヴェト市民が標準だから窓口が高い。チビは、そこへのび上ってね、後から急《せ》き立てられながら、欲しい劇場の日どりと坐席の列番号をのべたてる。「売れきれです」「それは三階の後から二番目の席しかありません」そんなことでやっと二箇所の切符が買える段になって、窓口の女が云うんだ。「手帳をお出しなさい」自分はわからないのさ、芝居の切符にまさかパンと肉の手帳でもないだろうし。――「どんな手帳です?」「職業組合の手帳ですよ」「私は組合員じゃないんです」「何か手帳はありますか?……でも……」その女は親切なんだ。そう訊いてくれたから、はい、といって出したよ。大日本の外国旅券を!
――パスポートを持って歩いてたのか?
――ああ。そしたら、その女は笑ったよ、そして「まあいい」って云った。後からこの様子を見下していた大きい労働者風の男が、「そうとも! それだって一種の手帳だ」と云った。笑っちゃった。
――切符貰えたか?
――貰えたとも! しかも半額で。……そこは職業組合員のためだけの、切符取次所だったのを知らなかったんだ。
――パリでも芝居見たか?
――見た
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