局の目的に向って社会を押しすすめて行く上に、必要なもの、役に立つものと、そうでないものとがある。それはどうしたって区別して、それはそれとして扱って行かなくちゃならない。常識で考えたって明かなことさ。そうだろう? だから、直接大衆に呼びかけ、気分に作用する映画、芝居の上演目録に対して注意ぶかいのは当然だ。それは組織的にされている。中央上演目録検閲委員会というのがあって、各劇場の上演目録を研究する。そして決定する。でも、一言念を押しておくが、これは日本の内務省の検閲課じゃないんだよ。有名な劇団人、俳優、作家、劇作家、画家それに文化専門の人があつまっている委員会なのだ。
 ――クラブの劇場研究会なんぞも、そこで統制されて行くんだろうか?
 ――それは別だ。クラブのは、МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場――モスクワ地方職業組合ソヴェト劇場が責任を負っている。
 ――なるほどね。ところで、どうだい、作者はやっぱりソヴェトでも作者かい? 給金なんかどんな風なんだろう。……所謂大部屋連、下まわりっていうようなものは、存在してるのかしら。
 ――現在のソヴェトでは、まだあらゆる生産の部門に、革命以前からの技術家がのこっている。芝居の方でもそうだ。だから古い大家連の中には、革命までの数十年間にしみ込んだ俳優気質っていうようなものを持ち越して生きてるものもあるらしいな。そういう面はありながら実際舞台に働いている大家連は、それは歌右衛門や仁左とはちがうさ。社会主義からきりはなされて存在しているのじゃない。大部屋、下まわりにしたって、大家連と同じ芸術労働組合員《ラピス》だもの。聞いただろう? ソヴェト政府は、過去に功労あった芸術家たちに、「人民芸術家《ナロードヌイ・アルチスト》」「功績ある芸術家」っていう二種類の称号を与えて優遇しているのを。モスクワの劇団にだけでも「人民芸術家」が十一人ばかりいる。「功績ある芸術家」は四十人以上ある。
  例えばモスクワ芸術座のルージュスキーなんか、役柄は西洋の松助みたいなところだが、革命前、アルバート広場の裏んところへ大きな邸宅をもって暮していた。革命当時一旦邸宅は没収されたらしいが、直ぐ、過去の功績に対して邸宅を与えられた。――すっかり政府がくれたんだ。今、ルージュスキーは、広い前庭のある立派なその家で、ゆったり暮している。画家でも、作家でも、科学者でも、ソヴェトの文化に真に価値ある功献をしたものは、こういう待遇をうけるのだ。
  それにしても古くからの俳優と、МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場、「劇場労働青年《トラム》」劇場の連中との違いは、全く歴史的相異だね。
  はじめっから出来が違うんだから、МОСПС《エムオーエスペーエス》にしろ、「トラム」にしろ、俳優演劇労働者は、みんな本当に工場の職場で働いていた連中だ。大部分がコムソモールだ。「トラム」のグループなんかは日常生活まで共産制にしてやっている。ソヴェトには、劇場の標準形態とでもいうようなきめがある。工場や役所にあると同じ「赤い隅」「図書部」「討論」「研究会」定期的集会。それ等管理の委員制を各劇場はもっていなければならない。「研究会」は必ず専門の芸術的研究と並行して、政治教程《ポリト・グラーモタ》の勉強をやっているのだ。従って演技も古い連中とは違う。故小山内薫氏が革命十年記念祭にモスクワへ来て、いろんな芝居見て、結局役者の上手なのはモスクワ芸術座しかないと云ったという噂をきいた。或る意味では真実だ。しかし問題もあるんだ。
  現代ソヴェト共産青年、若い農民、学生、労働者。男女にかかわらず彼等のもっている明るさや、ものを考える考えかたの新しい綜合的能力、たとえば芸術と社会との関係なんかについてもはっきりそれがわかるが――それにユーモア、テンポなどは、小劇場の「功績ある芸術家」総出でも表現出来ない空気だ。俳優としてのもちものが気分からしてちがうんだ。一九一九年第一回の芸術労働者大会がひらかれて賃銀標準がきめられた。芸術労働者組合として、産業組合連合へ加盟したのだ。一九二七年に賃銀割出しの方法をいろいろ改正し、それをいま実行している。
  歌舞伎の内部のように、だから封建的な秘密給金制は当然ないわけだ。云わば、芸術労働者の俸給も、ソヴェトではパンと同じに国定相場で支払われているわけだ。
 ――じゃ勿論、最低賃銀というものも、はっきり規定されてるわけだね。悪くないな……それで、大体どの位の収入があるんだ?
 ――話したね、さっき。――各劇場は、めいめい割りあてられた予算をもっているって。ここでも、その予算が出て来る。ソヴェトの劇場はその予算額に応じて、凡《およ》そ五つのグループに分けられてる。グループ一で、一ヵ月二万ルーブリ以上の予算、労働賃銀支払基金を
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング