一万五千ルーブリ持ってるような大劇場だと、第一級の俳優=芸術労働者は三百五十ルーブリから五百ルーブリ。芸術労働者の資格も八級ばかりにわかれていて、その位の劇場だと、ビリで七十五ルーブリから八十五ルーブリとるんだ。
 ――ふーん。……じゃあ舞台監督だの、振りつけ、照明、そんな技術家は?
 ――舞台監督はなかなかいいよ、第一グループの劇場で六百ルーブリ、第五グループで三百ルーブリ。装置をやる美術家が二百五十ルーブリから五百ルーブリ。振りつけ、大体百ルーブリから二百五十ルーブリ見当。
 ――下まわりはどうなんだい? 舞台裏だけ働いてるような連中……そこが大切だ。
 ――そうだ。それはまた別な賃銀標準ではらわれてるんだ。劇場労働の種類が三つに分類されている。働くものの資格が十級あって、やる労働の種類の基本賃銀に資格を示すパーセントをかけたものだけ貰うんだ。
  職業組合に加盟しているから、不熟練労働者で五十ルーブリ位もらってるものでも、失業保険その他で保護されている。「休みの家」の利用も出来る。若し有料診療を受けなけりゃならない場合は半額だ。おまけに、ソヴェトでは家賃というものが、月給に応じた割合で払えばいいことになっているんだからな。
 ――そうかい! そりゃききものだ。どの産業の労働者も、家賃なんか、そういうやりかたで払ってるのか?
 ――見ろよ! お前だってムキになって来ただろう。
 ――ふーむ。
 ――お前みたいなピーピー銀行員なんか勿論そうだよ。
 ――ふーむ。……
 ――ひどく、うなるじゃないか。この例一つで、おれが社会主義の宣伝をしているんでないってことは、はっきりしたさ。社会主義の現実がみんなにおしえるんだ。資本主義とどうちがうかってことを。――
 ――こうなっちゃ、いよいよきかずにすまされないよ。ところでね、そういう劇場だって、運転資金となる利益は矢張り切符のうりあげだろう?
 ――そうだ。が、全部ではないよ。ソヴェトの劇場は、松竹御儲けのためにあるんじゃない。本当に大衆の楽しみと文化向上の目的をもって建てられている。だから各劇場は毎日、全座席の中の一定数を必ず各職業組合と赤軍(劇場の種類によっては学生)のために、呈供している。半額と無料の切符を出しているのだ。
 モスクワのメーデーは、あの賑やかさと、全市に翻る赤旗の有様だけでもほんとに見せたいようだが、次の日の五月二日は休みだ。疲れやすみだね。町々には、まだ昨日の装いものがある。労働者市民は、胸に赤い花飾りなんかつけて、三人四人ずつ散歩している。いくらか、昨日の今日で街が埃っぽいのも、わるくない。昼間はしまっている各劇場の戸口に日に照らされながら札が出ている。「本日、劇場はただ労働者諸君のためにだけ開場する」――職業組合がモスクワじゅうの劇場の切符を労働者に分けるんだ。五月二日、モスクワじゅうの数万人の労働者が、昼間はのんびり散歩して、夜は芝居を観る。これは、小さなことか?
 ――……あんまり感動させてくれるなよ。――ふだんは、どんなんだろう。いつも労働者の見物で芝居は一杯かい?
 ――劇場によるな。いつか統計が出ていたが、МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場の見物なんか、九十八パーセントまで勤労者だ。女優がパリの流行雑誌まるうつしの扮装でマネキンみたいに舞台をのたつく悪習をもつと云われている諷刺劇場なんか六十パーセントだ。
  ソヴェトの劇場は、今までいつも一つ大きな困難をもって来た。劇場建築が旧式で小さいということだ。昔はそれでもよかっただろう。金のある者だけ見たんだからね。現在じゃこまる。出来るだけ大勢の労働者に芸術をわかち、出来るだけ一枚ずつの切符の値段は下げなければならない。劇場の建物がこの目的とは逆につくられている。五ヵ年計画の中に、大劇場建築計画のあるのは当然なんだ。
 ――どの位するかい? 切符は。――
 ――場所によるが、五十カペイキから六、七ルーブリだ。
 ――間に段々があるんだろうが、高いな。
 ――高い。ソヴェトも断然それは認めている。だから、これまでだってやすくすることに一生懸命んなって来た。舞台装置に金をかけるな。無駄に手をふやすなって、メイエルホリドは、知ってる通りの凝りようだから。どうしても舞台装置に金をかける。それで叱られたことがあったそうだよ。
  そうそう、メイエルホリドで思い出したが、エイゼンシュテインがアメリカでデマをとばされて、つかまったってね。ああいう映画監督の俸給どの位だろう……いくぶんゴシップ趣味だが……
 ――待ってくれ、虎の子を出して見るから、こりゃ多い。七百五十ルーブリだそうだ。映画俳優のところも見て御覧、ついでに。主役で三百ルーブリから六百ルーブリだ。一寸エピソードへ出るのが百五十ルーブリ位。――
 ――
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