もあるのかな。古典をすてた訳じゃないんだな。
 ――ソヴェトの芝居は大体三種類に分けられると思う。第一群は、この第一国立オペラ舞踊劇場。スタニスラフスキーのオペラ劇場。ダンチェンコの指導する音楽劇団。チェホフとゴーリキーとで世界に馴染《なじみ》のモスクワ芸術座。国立アカデミー小劇場のように、革命以前からの古い伝統をもち、現在でも次に来るべき若いソヴェト演劇技術家指導に重大な役割を演じている劇場だ。
  第二群は、革命以前から存在し、現在はソヴェト作家の脚本を上演し、プロレタリアートとその党の線に沿ってはいるが、大して独特な存在意義はもっていないもの。ここでは、諷刺劇場、コルシュ劇場などがあげられる。
  第三群は、生え抜きの新しいソヴェト劇団だ。プロレタリアートの第一労働者劇場。МОСПС《エムオーエスペーエス》劇場。「劇場労働青年《トラム》」劇場。青襯衣座《シーニャヤ・ブルーザ》。革命劇場。メイエルホリド座。センペランテ劇場。モスクワに三つあって、プロレタリア児童のために健康な娯楽と啓蒙を呈供している児童劇場。上演目録内容の広汎で直接な社会性から云っても、新様式の熱心な探究の点でも、注目すべきはこれらの劇団だ。
  それにソヴェトには、夥しい数の移動劇団がある。モスクワにだけでも四十足らずある。大きい労働者クラブには所属劇団がある。小さいクラブでも、ソヴェトのプロレタリアートはそこで、いろんな科学・政治研究会と合わせて劇研究会をもっている。
  ソヴェトの生産拡張五ヵ年計画は、演劇にも重大な影響を及ぼした。
 ――劇場も拡張しようというのか?
 ――大劇場の新設。全ソヴェトの劇場管理を職業組合と集団農場中央と、人民文化委員会芸術部との協力によってしようとする計画。及び、これまでは革命前の通り、クレムリンに近い所謂劇場広場を中心として、モスクワ河の北(元の中心地域)に主な劇場があった。それを、工場の多い河向うへ、生産の場所へ近く持って行こう。そして、シーズンを秋から春の終りまでで切らず一年中芝居をやろうという計画などがある。
  五ヵ年計画の影響は、だが、そういう経営法の変更に現れるばかりじゃない。ソヴェト一般演劇の実質を変えた。五ヵ年計画の実施はソヴェト市民の全生活を変えたからね。日常生活の中でいろんな新しい建設的問題、階級的見地からの見なおしが行われている。早い話が、集団農場組織の問題が、あらゆるソヴェト市民の関心事となったのはいつからだ? 一九二八年末からだ。生産能率増進のためのウダールニクが各工場役所の内部に組織され、それに参加した各員が、てんでんの場所で反革命分子との激しい闘争の経験をもつようになったのはいつからだ? 矢張り一九二八・九年からだ。
  ソヴェトの劇場で、程度の差こそあれ、この新しい生活を反映していないものはない。一九三〇年の上演目録はひどく変ったよ。三年前とくらべると。
 ――……。社会的生活と芸術とががっちり歩調を合わせて、進もうとしているわけだな。
 ――だからね、例えば一九三〇年の春は愉快な美しい光景があったよ。春だ。キラキラ日が照りだして雪がとけはじめた。モスクワを中心とする黒土地方一帯、ヴォルガ地方、シベリア、北コーカサス地方。そこいらじゅうの集団農場では春の蒔つけ時だ。都会の工場から農村手伝いの篤志労働団が、長靴をはいて、麻袋を背負って特別列車にのっかって、八方へひろがった。
  同時に、芸術篤志団、劇場労働篤志団が組織された。耕作用トラクターと一緒にひろいソヴェト全土に文化の光をまき散らそうというわけだ。作家、画家、映画労働者、劇場労働者、みんな出かけたが、技術家揃いだから、自分たちの乗って行く列車だって無駄にはしない。三等列車の外っ側を、溌溂たるプラカートや、絵で装飾して、所謂宣伝列車を仕立てて何百露里というところをころがって行った。
  集団農場にはクラブがある。そこで人形芝居、即興劇その他で、刻下の社会的問題を芸術化して農民に見せるのだ。同時に、農村ではどんな芝居がよろこばれ、要求されているかということを専門的な立場から研究する。
 ――聞いているだけでも一寸わるくないな。儲けばっかり考えている会社につかわれて映画をつくったり、芝居しているのとはちがいがひどすぎる。だが、検閲はどうだい? 喧しいんだろう? 築地の左翼劇場では、警官が出張して台本と首っ引で坐っているよ。あの通りを行ってるんじゃないか? それに近いような噂だぜ。
 ――……実にデマが利いているんだなあ。
 ――嘘かい?
 ――ソヴェトのプロレタリアートや彼等の党は偏執狂じゃないよ。あらゆる人間の才能を十分発揮させようとしているのだ。ただ、ソヴェトは今特殊な歴史的過程を生きつつある。
  緊張した社会主義建設期にある。終
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