エルホリドより年もずっと上だが、モスクワ芸術座のリアリズムを確立させ、しかも「装甲列車」などでは着実な発展の可能を示していた。ソヴェト同盟の「人民芸術家」としてもう完成された演出家である。現在のスタニスラフスキーに動揺する要素や未知を感じてこの先彼がどうなろうかと、心配したりする者はソヴェトの観衆の中にまあないだろう。
メイエルホリドも、「人民芸術家《ナロードヌイ・アルチスト》」だ。ソヴェト同盟から、革命前及革命後の彼の演劇に対する探究的な努力に対して、その最高の称号を与えられた。が、メイエルホリドの場合では、この称号が彼の才能を一定の場所に繋ぎとめるどんな材料ともなっていない。
メイエルホリドの天分の豊かなこと。それはソヴェトの観衆が十分知りぬいているどころか、世界に知られている事実。常に研究的で、新しい試みに対して大胆であること。それも、例えば一九二一年から二八、九年までの仕事ぶりを見れば分る。メイエルホリドの特徴はこの点に集約されていると云える。
ところで、まだ誰にも、ハッキリ分らないことが一つある。それはソヴェトの五ヵ年計画と――刻々に前進する社会主義の社会の現実とメイエルホリドが独特性としている芸術理解の特色=極端な様式化と構成派風な偏奇さ、誇張、一種の病的さなどが労働と互にどういう関係において発展してゆくかという問題だ。
生産拡張の五ヵ年計画は、ソヴェト生産を十倍、六十倍という凄い率で増加させるとともに、工業では生産の九二パーセントを、農業では六五パーセントを社会化する。これは社会生活全線の社会主義的前進を意味する。五ヵ年計画がはじまって、第二年目の一九三〇年にはソヴェトの生産と文学との関係が、「十月」以来どの時期にもなかった程緊密になった。
生産に従事するソヴェト労働者、農民、一般勤労者の文化水準はめきめき盛りあがって来て、生産の実践から、唯物弁証法的創作方法が、一般芸術の方法とされて来た。
メイエルホリドは、彼の「劇場の再建設」といういくつかの演説をあつめたパンフレットの中で、熱心に、再建設期のソヴェト劇場の任務について云っている。
「劇場には、新しい任務がある。
劇場は上演を通して観衆の、オブローモフ主義、色情狂、悲観主義に対して闘おうとする意志を強める役に立つような仕事をやらなければならない。」
ソヴェトは劇場の数でベルリンやニュ
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