の廃跡の外に、一軒不思議な建物があるそうでございます。真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でございましょう。此間、頂上まで登って見たいと思って切角出かけたのに途中で駄目になって仕舞いました。平地の健脚は、決して石ころの山道で同様の威厳を持ち得ない事を発見致しました。
 紐育あたりから遊びに来て居ります人々でも、矢張り私と余り違わない程度と見えて、深い山等へ出かける者は少うございます。従って朝夕、美くしく着飾った女達が、都会に居るよりもっと気取って、もっと富有らしい歩調で散策する距離は、僅か一哩半位の、村道に限られて居るような形でございます。其の古い楓が緑を投げる街路樹の下を、私共は透き通る軽羅《うすもの》に包まれて、小鳥のように囀りながら歩み去る女を見る事が出来ます。しなしなと微風に撓む帽子飾の陰から房毛をのぞかせて、笑いながら扇を上げる女性の媚態も見られます。
 けれども此村は只其丈の単純さではございません。女達が華やかに笑いさざめいて行き交う街道の一重彼方には、まるで忘られたような、祖先のインディアンが、黒い着物に包まれて
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