するのと同様の内面の空虚を文字の麻酔で紛して居ります。彼は、左様な質問を呈出したなら、きっと、其那事を質問する馬鹿があるか、何の為に修身を習って来た! と真赤になりますでしょう。
 然し、C先生、此は決して冗談ではございません。日本の所謂先覚婦人は、兎角、青年自らの発言に耳を傾けるより先ず先に、此等の種類の言葉に賛意を表します。彼女等の権威《オソリティー》と他人の権威とは奇妙な価値判断の錯誤に陥ります。過去は尊ばるべきものでございます。その価値は、嘗て刹那の「今」であったと申す点から評価されるので。直接の対象は永劫の「今」の其の瞬刻に置かれるべきでございますまいか。何の為の先覚者でございましょう? けれども、私共は一方から申せば共通な人間の不思議な弱点――或は力の他の一面に対して寛大でなければなりません。が、左様な態度は二重に不幸を醸さずには置きません。第一は、只さえも保守的な退嬰主義に堕し易い女性一般の傾向を暗々裡に称揚する事になると同時に、他方では、一層反動的、爆発的の急進を促す事になるからでございます。其で、私は此から、私の出来る丈の細密な思考を廻らして、私の出来る丈公平な、出来
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