敬と理解、同感を持ち得るのではないでしょうか。
私は暖い篝火の囲りに円座を組み、神代の人達が、一日の行業について、各覚えた何ものかを語り合うように異った境遇、個性によって得たところに就て語り合いたく思います。
二
人間の生存過程を、学として研究し或る法則、類別を見出す心理学者、生理学者等は、各個人の運命的な時期、年齢を、青年期、更年期と大別しているようです。
青年期は、十六七歳から二十二三歳迄、更年期は丸四十三四歳乃至五十一二歳。丁度、美術愛好者が、古代ギリシャ建築の明美な柱列《コラム》を見た時、心を打れ、何はともあれ、アカンサスの葉で飾られた精緻な柱頭《キャピタル》と、単純で力強い柱台《ベイシス》とに注意を向けた如く、学徒が、狂暴な程、雑多な原質の目覚める青年期、不思議に還元的色彩を帯びる更年期を特に著しい二焦点と感じるのは、まことに興味をそそることなのです。
けれども、各個人の実際の内省によると、必ずしも一般論の上から危期とされる時期が自己の運命には、さほど重大さを持たなかった場合もあるらしく見えます。却って、学理などの一向|挙示《メンション》していない年代に一人の一生にとっては見逸すべからざる動揺の生じることがある。桜は春咲く花と云っても、確定した日までは予言出来ないように、深甚な運命の戸口は、箇性の置かれた繞境、発育の程度によって、皆異なった瞬間に開かれます。教育者などが或る時陥りがちな、概念的類推にのみよらず、自己の道程を、全く自己に即して内観することの必要は、この点でも明かにされるのです。
私は、今丁度、研究者の使う用語を以てすれば、青年期の末端、成年期に入ろうとするところにあります。文字の上では、いささかの華やかさもない時です。それにも拘らず、私一人としては慎重に思いあらためて見ずにおけない、内的転回が極最近に行われました。数年間持続した渾沌が或る程度まで整理され、兎に角落付ける光がさして来たのです。
一体、私は、幼女の時代から、概して幸福といわれる境遇のうちに育ちました。子供にとって幸福というのは、充分な父母の愛と、相当な物資の余裕、健康、稍《やや》長じては各自の個性を認めようとする常識を両親が持っていてくれるということです。私は、幸い丈夫で、可愛がられ、今から十年前の一般から見れば自由に育って来ました。従って性格のうちに、極自然な人生に対する愛と、よき意味での大望がゆっくり芽生えました。父母の遺伝もあり、自己の傾向もあって、十七歳以後、理想主義的気質が、私の生存の柱となっていました。これを一歩突込んでいえば、異常な惨苦をなめない、健康な生活力に漲った人間が、当然感じる生活愛といえるでしょう。生を愛さずに置けない本能です。然し、実際の生活苦などは知らないのだから、最も自分の想像、期待と調和する理想主義を、知識として呼び出し、自己の情熱の名づけ親とするよりほかありません。感激熱中こそ乏しくはありませんでしたが、当時の生活には著しく、精神的訓練が欠如していました。読書を愛するとか、思索を好むとか、感受性の鋭いとか云うのは皆準備的要件で、重大なのは、どこまでそれ等のおもりに依って自己に沈潜し得るかということです。外界の刺戟によって発動した自己の感激、意望というものを、一先ず、能う限り公正な謙虚な省察の鉄敷《かなしき》の上にのせ、容赦なく批判の力で鍛えて見る。いよいよこれに動きがないというところで、始めて主張するなら、飽くまでも主張するという、真に人をつくる練磨が足りなかったのです、或る「問題」を考えることと、自己を磨くこととを、一様な理知の仕事の裡に混同してしまっていたのです。
これとても、その時の私は自覚しなかった。真個に一生失ってはならない感激と独りよがりとを、ごたごたにし、人生に対する尊い愛、期待と、空想、我ままを一緒くたに持って、正面から堂々と、人生の或る扉を叩いたのでした。
顧みて、微笑を禁じ得ません。愛らしき滑稽! 然し、自分の手で開いて見た扉の一重彼方は、私にとって、偉いダンテさえ当惑したような、紛糾の森林でした。
様々に描き、予想し、もう自己の内部を絶頂まで披瀝して当ったのですから、彼方此方で意外な齟齬に出会っても、自己を回収することすら容易でない。自分で自分の手にあまる廻りからは、どんどん新たな、決して、私の有るべきという範疇では認めていなかった関係的いきさつが不快に、或る時には明かに不正に襲って来る。
単純であった為、整然としていた自己というものは、極度に分裂してしまいました。分裂した一部分が、それぞれの活力と発言権とをもって対立する。
この時、私が、実際生活上に起る諸事の軽重を弁え、兎に角自己の立てるべき処を失わずに日々を処理して行く確かさを持ってい
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