漸々入る露路のとっつきにある彼女等の格子戸は、前に可愛い二本の槇を植えて、些か風情を添えて居るものの、隣家の煉瓦塀に面して、家への通路らしい落付きは何処にも無かった。
 朝、日が昇ると一緒に硝子窓から射込む光線が縞に成って寝室に流れ込むほど、建物も粗末だった。
 五つの年から、畑のある家で大きく成った泰子は、貸家払底の恐ろしさを始めて味わされた。
 其ばかりか、その附近には、幼稚園の中のように子供が沢山居た。
 狭い庭を取繞いた板塀に添うて、石の段々が、下の長屋までついて居る。丁度学校が仕舞う頃に成ると、夕飯まで、もう一盛り騒ごうとする子供等が、十五人近くも、その石段の頂上、――彼女の庭のつい横手――に集る。そして、あらいざらいの活気を以て、賑い出すのである。
 男の子や、女の子や……縁側の柱に膝を抱えて倚かかり、芽を青々と愛らしく萌え出した紫陽花の陰に、無数に並んで居る、真黒な足と下駄とを眺め乍ら、泰子は、殆ど驚歎して、彼等のお喋りや、誇示や、餓鬼大将の不快至極な、まるで大人の無頼漢が強請《ゆす》るような威圧を聞いたりした。
 六畳の縁に向いた部屋に暫く机を置いて居た泰子は、春の日差
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