上に地図を拡げ乍ら話し合った。
「去年? 四月ですわ、十五六日頃じゃあなかったこと、ほら菜の花が真盛りだったじゃあありませんか
「……それじゃあ三月末じゃあまだ寒いだろうな、何にしろ随分時候は遅れて居るんだから
 茂樹の故郷は、敦賀の近処であった。
「だって拘やしないわ。いいわね、久し振りで田舎へ行くのは。えーと、何処でしたっけか、先、忠一さんが被行ったって云う温泉、彼処へ行って見ましょうよ、ね、若しよかったらお父様もお連れして
「――出来たらね
 泰子は、一年振りで、又北陸の田舎を見られる事を相当に楽しみにして居た。
 けれども、三月が押しつまって、出立の日が近づくに従って、始めの息込みが無く成った。
「私、行った方がいいか、行かない方がいいか随分疑問よ、そうお思いにならなくて? 行き度いことは行きたいけれども……ほら、ね? あれがあるでしょう
 そう云い乍ら、泰子は、小さい自分の勉強部屋を顧みた。
 机の上には、書きかけの原稿が散かって居る。もう久しい以前から手をつけて居るものを、彼女は、六月末までに纏めたいと希って居た。新らしい家庭生活が始ってから、まだ一年に成るや成らずの彼女は
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング