て居る。――
黙って此等の家庭的な光景を眺め乍ら、泰子は何とも云いようのない、ひっそりと寂しい心持が胸に湧上って来るのを感じた。
目の前にあるあらゆる顔、あらゆる家具は、彼女にとって皆馴染み深い、懐しいものばかりである。
丁度今頃、矢張り斯うやって同じディブァンの上に坐り乍ら、何度、斯様な賑やかな睦しい同胞共の様子を眺めて来ただろう。
けれども、今自分の胸に流れて居るような一抹の寂しさは、一度でも嘗て味ったことがあるだろうか。
泰子の良人は、四五日前から短い旅行に出て居た。独りっきりで淋しい彼女は、留守番を実家の書生に頼んで、此方へ寝泊りして居るのである。
処々に教鞭を取って、平日に纏った休日を持たない茂樹は、試験が済んで、新学期迄数日の暇が出来ると、早速、郷里に父親を訪問する事を思い立った。
老人は、もう七十歳に近い。近頃、健康が勝れないと云う稍々《やや》悲観した手紙を受取って居たので、三月には、二人でお訪ねしましょうと云う事が正月頃から懸案に成って居たのである。
「去年も今頃だったろう、あれは幾日位だったろうかな
少し暇のある夕飯後など、彼等は、小さい一閑張りの机の
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