した。それらの少女達はジャケツにお下げぐらいの簡単な服装をして居りますから体のこなしが如何にも自由自在で、軽やかです。そして心からニコニコしているらしく、頬にも瞳にも愛嬌がこぼれております。

 この少女達は家庭に居っても割合に我儘に育って居ります。我儘と云っても不規則という意味ではないですよ。少女達の純な魂が、感じたり、考えたりすることを、そのまま正直にのべるのです。そのまま思った通りに行うのです。
 お父さまも、お母さまも少女達のそうした行を悦んで許しておられます。日本の家庭のように、ああしちゃならないの、こうしちゃいけないのなんて、いつも小言をいうなぞと云うことはありません。私なども考えますのに、少女はそのまま自然に育つのがいいのです。日本の家庭などでは、少女が十四五歳頃になったら、もはや人間らしい感情で考えたり感じたりすることを認めてやらなければ可哀想だと思います。

 アメリカの学校教育や家庭教育などでは、神と愛とを基として、導いてゆきます。日本のように修身科というものがない代りに日曜学校で聖書を教えております。自由な世界に放たれながら、アメリカの少女達が何故悪いことをしない
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