女時代の思い出のある土地の上に、雑草の生えるのを見て亡くなりました。
結婚等の問題についても、母は当時の若い娘としていろいろの苦労や闘争をして来たらしい。何しろ明治二十九年三十年代は日清戦争で、日本の経済事情が大きな変化をうけた時であり、一時いわゆる官員様といわれて、官僚全盛時代であったものが、新しく擡頭した金持、実業家がだんだん世間の注目の的となり、小説でも「金色夜叉」などがひろく読まれた時代でしたから、母の縁談というものも、やはり当時の社会相を反映していたらしい。伯父に当る人がある日母の部屋へ来て「よっちゃん! この伯父さんが一生恩にきるから某大将のところへお嫁に行っておくれでないか、そうすれば伯父さんは年に何万と利益があるし、お父さまは大臣になれる……」と言ったことがあったそうです。
そういう周囲と戦って、母は貧乏な工学士である父中條精一郎のところへかたづいて来たわけでした。父との結婚も母としては、若い娘らしいさまざまの空想に動かされたと言うより、極めて現実的な観察から承知したらしいのです。母は二人娘のあった長女で、父親っ子でしたが次女は母親っ子で、昔の家庭ですからお姑も居り
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