んと云えば壺井の栄さんしかない。その栄さんが又互の生活のなかでは、そういう場面に登場するので愈々現実の条件がそろい、じゃ、いつかから見えないって云っていた縞の、ね、あれかもしれない、と私は電話口でその時分の人出入りも激しかった暮しの姿を思いおこした。その頃なら私が知らないその旭町とかに私の著物が運ばれてゆくこともあり得たのであった。でも、利子どの位なの? 七十五銭て書いてあるわ。七十五銭? たった? じゃ変だわ。上落合にいたのは四年も前よ、だもの――変だ、四年にそれだけってことはないし……段々正気づいて来て私は、それは人ちがいに相異ない、と初めて確りした声を出した。四年の間待っているというようなことはあり得ないのだからね。と断言した。それにしても滅多にない姓が同じで、栄さんという名まで添っているというのは何と珍しいことだろう。じゃそこに電話あるんでしょう? 一寸かけてね、間違って回送されて来たから、明日は待って上げてくれ、と云っておいてお上げなさいよ。ええそうしましょう、でも、何て妙なんでしょう。いかにも妙な気がするらしく、ぼんやりとひっぱって云って、じゃ、さようならとそれで電話はきれ
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