た。私はもうこれっきりと思って東京にかえる着物を着て一番よく見える所をと選んで座った。幕のあく前にお妙ちゃんは私のところに来てジッとひざにもたれかかって居た。もう舞台着をつけて居た。私はそのえり足、うす赤い耳たぼそう云うものを見て居るとたまらないほど涙が出て来た。人に見られまいと私はいろいろ苦心して出たくもないあくびをしたりして居た。やがて楽屋の用意が出来たしらせがあるとお妙ちゃんは長い袂の中から紫の縮緬のふくさに包んだ小さなしかし中のなつかしそうなものを出して「またいつ逢うか……それまでの御かたみや」小さい声でこう云って居た。私も大急ぎで懐の中のはこせこを出して中に入って居た紙くずなんかぬいてそっと紫のふくさの入って居た袂に入れた。紫地に花鳥を縫いつぶしたはこせこと紙入れをかねて居る様なものだった。お妙ちゃんはそれをそうっと抱きあげてしっかりと抱えながら私の目を見つめて居たが急に「お忘れやはるナ」こう云って狂った様にかんざしのかざりをふるわせて走[#「走」に「(ママ)」の注記]けて行ってしまった。幕があいた時まんなか頃にお妙ちゃんは立って居た。一つ体を動かすにも一つ手を働かせるにもそ
前へ
次へ
全27ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング