ネ、そうすりゃあいいんだもの下らない事考えっこなし……」
「ほんまに……考えん方がいいのやけど、わての仲ようする人は皆早うどこぞへ行ってしもうたりどうでも別れにゃあならん様な人ばっかりやさかえ、妙なと思うてナ、それだから私が又あんたもと思うのや……」
なりに似合わないシンミリした声でお妙ちゃんは云って居た。こんな人達にあり勝な何となくうきうきしたパッとしたとこは少なくてしんみりと内気な娘と話して居るのと少しもちがった事はない。
「貴方割合にうち気な方だ事どうしてでしょう?」「そうやナ、だれでもそう云いやはるさかえ自分でもなぜやろと思うとってもわからんさかえ……母はんもよくして下はるし皆可愛がって御呉れやはるけど…………生れつきやろ、キット……でもいいワナ、あんたさえしっかり覚えて御呉れやはれば……忘られそうに思われてならんのエ」「どうしてそんな事思うの? おやめなさいよ、キッと忘れやしないから、私死ぬまで覚えてるわキット、若し死んじゃったらその後の事が覚[#「覚」に「(ママ)」の注記]らないから覚えてるんだかそうじゃあないんだかわからないからしようがないとしてネ」「ほんまにあんたをたよりにしてるのやさかえ」
雛勇はんはこんなしめっぽい事を云って居る、その横がおは、瞳をよそに動かしたくないほどの美くしさで日光をうしろからうけてまっしろなかおのりんかくはうすバラ色にポーッとにおって居る。紫色にキラキラ光る沢山の髪、私は絵の――浮世絵の中からうき出した人を見る様な気持で居た。
フッと何と云う事なしにかるいほほ笑みが私の頬にのぼった。「今日はいい日だ事、いつもよりしずかで――そいでだあれも居なくってネエ」
「いい日や気がボーッとするほどのびやかな日……こうやって二人きりで……」
何となくそのまんま聞きすててしまいたくない様ないい調子でこんな事を云って私の手をとって自分のかおにおっつけてしまった。
「アラきたなくなりゃしないかしら」ひょっとこう思ったけれ共細い手でもっておさえて居るのを――と思ってそのまんまそうっとされるまんまになって居た。私の手にはこまっかいすべすべしたにおやかな肌がひったりとついて居る。そしてそのやわらかさも暖ったかみもすぐにじかに私の手に感じて居る。私はお妙ちゃんと同じ早さに息をしてかるくつぶって居る長いまつ毛をつめた、紫の細かいつぶで出来て居る様にあの細いこまっかいまつ毛の一本一本がピカピカとかがやいて居る。「マア、きれいだ、何って云うんだろう、私はこんな可愛らしいきれいな人をすきにならなくっちゃあ死ぬほどすきな人に会う事は出来ないに違いない。このまつげ、この髪、この毛、そうしてマア、このバラ色のかおのリンかくと云ったら……」その美くしさに私はも一寸で涙が流れだすほど――まぶたがあつくなったほどその美くしさに感じて居た。
「ようやっとようなった。今あんまり気が立ったさかえ斯うして居たのや、どうにも斯うにもしようのないほど……ナア、涙がこぼれそうやった」
「どうして? あんな事、私が云ったから……でもそんな事考えたってしかたがないんだもの、もうやめて面白くしましょう」「そんな事やないワナ、私達よそのいとはん達から『ほら芸子やまい子や』と云われてばかり居て、――そいであんな遠いところから来たあんたにこなにしたしゅうしてもろうて何やら妙な気がしたさかえ……」まだ十七にもならないで――私はスーッと涙がにじんで来た。だまってお妙ちゃんの弱々した肩をだいて居た。二人とも一言もきかないで赤い鏡かけを見て居ると急にはしご口がにぎやかになって、「あら……おいでやす、一寸も知りませんさかえ、とんだ御邪魔」とんきょうな声で顔の平ったい目のはなれた子が云った。
「あほらしい、早う来なはれ、あかん事云わぬものやひといじめようと……わちにはお百合ちゃんがついてまっさかえ……」お妙ちゃんは今までに似ずうきうきした軽い調子で一っかたまりの花のようになって笑って居る三人の子にそう云って居る。私も急に勢の出たお妙ちゃんのはでやかな様子を見て笑いながら心の中でお妙ちゃんの行末を想像して居た。「そんなら――邪魔やったらすぐ出て来ますさかえ――ナアそうやろ」こんな事をさっきの妓が云って手拭を手すりにかけて化粧道具を鏡台の上に置いて丸く白い顔をそろえた。
「何やら、偉う、まじめな様子や事、何かして遊ぼうナ、何んか考て見なはれ……」雛勇はんがニコニコしながらこんなことを云い出した。「雷落しがいいワナ」一番ちいっぽけな女が云った。それにきまって私達はまるで夢中になった様にさわいだ。
この時はじめてお妙ちゃんのうたうのをきいた、「マア、何んていい声なんだろう」私は声の余韻を追いながらうっとりとした様にこんな事を云った。「そうやろそうやろ、それやから倍も
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