ひととき
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)漸々《ようよう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)沈つ[#「沈つ」に「ママ」の注記]いた
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 はるかな森の梢に波立って居るうす紅い夕栄の雲の峯を見入りながら、私は花園の入口の柱によりかかって居る。
 何となく朝から霧の晴れ切れない様な日だったので、非常に静寂な夕暮である。
 うす青い様な空気の中に素早い動作で游いで居るトンボと蝙蝠の幾匹かは、一層高いところを、東へ東へと行く白鳥の灰色の影の下に如何にも微妙な運動をしめして居る。
 つめたい風が渡って居そうに暗い木陰に、忘られた西洋葵の焔の様な花と、高々と聳え立って居る青桐の葉の黄金の網とが、眠りに落ち様とする沈んだ重い種々の者を目さめるまでに引きたてて、まだ虫の音のまばらな、ひると、よるとのとけ合った一時を、思い深げに飾って居る。
 くつろいだ心地になって、私は持って居た本の背をやさしくなでながら、斯う云う時に有り勝な、沈つ[#「沈つ」に「ママ」の注記]いたどっちかと云えば悲しみのこもった気持で、はてしなくいろいろの
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