事を思いふけった。

 永い間例え折々は気まずい思いをしあっても、自分の友達の一人として居たまだ若い人が廻復の望がないと云われた病にかかって居るときいてからはいつもいつもその事ばかりが思われてならない。
 額の広い、健な時はきれいだとは云われなかったその人がこの頃はああ云う病気特有のすき透るほど白い肌になって見違えるほどなよやかに美くしくなったとか、西洋人形の様に大きい眼に涙を一杯ためて居たとか云う事を、前から私より親しくして居た人々からきくと、ついつい涙を押えられなくなってしまう。
 何と云う痛ましい事かと思うと、彼の人の大まかな、おっとりした物ごしが一々目に見えて来る。
 根気が強くて、どんな細かしい事でもコツコツとやって居た。
 何だか生え際の薄い様な人であったがなどとも思われる。
 低いどっちかと云えば鼻に掛った声で、堪らなく可笑しい時には、上半身を後の方にのばして高笑をする様子が何だか中年の男の様な感じを与えたので、私はその人の笑声がすると注意して見て、面白いなと思って居たものだ。
 二十近くまで育って、頭の中も漸々《ようよう》まとまりかけ、体も熟して来た今になって、近い内に
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