制の上にきずかれた自由市民の自由そのものにある矛盾が反射しているのである。
 ギリシアのどんな賢人も、今日、東洋の一人の婦人作家が、彼等の伝説について話すこんな風には自身の伝説を話さなかった。なぜなら、彼等の叡智も、ギリシア社会の自由の矛盾を客観することは不可能だったから。叡智は奴隷の労役の上につくり出された閑暇の上に咲いていたから。ギリシア伝説の支配階級のものとしてのモラルは、それら賢人たちのモラルとして実感されていたのであった。現代の社会科学は一人の平凡な女性にもこの意味ふかい秘密をときあかして見せている。そこに進みゆく歴史の足どりの意義がある。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの能力に匹敵するどんな能力が、いまこの物語をかいている一人の日本の女とその読者のうちにあるというのだろう。比較になり得ない後者の貧弱さにかかわらず、なおかつ、わたしたちはレオナルドの時代が考えなかった事実を航空機に関して考え、彼らの感じなかった感情を感じつつある。イカルスの物語は、空をもとびたい人間の憧れを人類的な規模で語っている。レオナルド・ダ・ヴィンチは、ルネッサンス時代の新鮮旺盛にめざめた科学への開眼で、その人種のあこがれを科学の力で実現してみようとした。前後いくつもの世紀を経て、人類の科学的能力はとうとう、航空機製作というものを最も大規模な近代的産業部門の一つとするまでになった。ところで、すべての人類共通のものである空をとびたい思いは、どんな形でかなえられているだろうか。目ざましい航空能力は、果して全人類のよろこびのために、幸福のために万遍なくつかわれるところまで発達しているだろうか。
 航空能力は、人類生活のよろこびと、よりひろい眼界をもつことによって、より宇宙的人類に生長してゆくために、全人類に解放されなければならない。他のあらゆるよいもの、賢いもの、美しいもの、有用なものと同様に。石炭、石油、鋼鉄そのほかさまざまの地球のもちもの同様に。音楽、文学、映画などが、地球の各人民の生活からそれぞれの特長をもって発生しつつ、全人類の所有に帰すると同じように。
 したがって、現代説話のイカルスは、太陽熱にとかされる古風な膠などで自分の背中に翼をとりつけてはいない。イカルスは一人ではない。複数になった。地球上幾億の翔ぼうと欲している男女はイカルスとしてあらわれて来ているし、その翼は、膠で背中へ
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