たびごと買うて来る
だるまのかずはサテサテまあ
このでっかいたなでさい
あふれるまでにのってある
丈の二尺もあるのから
五分ちょっきりのものまでも
ずらっとならんでのって居る、
いずれもそろってめっかちで……
ひげのおじさんはおねがいの
叶ってしまうそれまでは
眼玉は入れてやらぬと云う……
それじゃあおじさんが死ぬるまで
わしらはやっぱりめっかちだ、
師走の晦日におじさんは
古参の順に降させて
「この性わるなだるまめは
一寸も利益がないのみか
朝晩湯水をくらい居る」
ひとあしポーンとけってから
丁稚のおもちゃにやっちまう
さんざんけられてでこぼこに
なって中味の出た時に
かまどの地獄に
なげられる、……
だるまと生れたかなしさに
逃げ出そうにも足はなし
むざむざひどい目に合って
死んで行くのをまって居る
かなしい心をなんとしよう、
ひげの御じさんあんたはあ
何と云うどえらい御方じゃろう
新らしい内はちやほやと
どうぞ利益の有るようと
かってなことをいのり上げ
古くなったら三年目
かまどで地獄の目を見せる
何の利益がそれであろう
家がやけるか金玉が
倉から逃げるがい□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]なら
ひげのおじさんあんたはまあ
何と云うどえらい御方だろう……
棚のだるまのたなおろし
かしの木
このはてしない世の中の
わかいさかんな御方でも
おとしをとった御人でも
春のめぐみにかがやいて
黄金のよになるかしの木の
この木のような勢と
望をもって御いでなさい
夏に青葉と変っても
夏がだんだんふけていて
秋のめぐみがこの枝に
宿ると一所にかしの木は
又黄金色にかがやいて
澄んだ御空にそびえます
みんな木の葉が散りました、
けど御らんなさいかしの木は
キリキリシャンと立ってます
骨が目立って岩畳な
幹と枝とをむきだして
男々しくそびえて立ってます。
八つ手葉裏のテントームシ
手をひろげたよな葉のうらに
チョロンととまるテントームシヨ、
うすい緑の葉の髄に
模様のようにとまってる
チョッとつまんでおいたよな……
黒いところに赤の点、
チョンチョンと散って居る……
「髪のかざりによかろうか
それとも指につけようか
浴衣のがらにゃわるかない」
ふとっちょでせびくであかっけな
十五の娘はこう云った
虫のかわいさにさそわれて……
テントムシ ダマシ
青々細くなよなよと
萌え出た菜の葉のその上に
のっかって居るテントムシ 黒と赤とのせなもった……
そっとつまんで手にのせた
「お前―― かわいいテントームシヨ
どうしてそんなにふとってる?
まるでだれかさんとおんなじに……」
ころがしながらこう云った
小虫はなんとも云わないでやっぱりコロコロころんでる
それでも前のよにかわいらしい……
白い着物のたもとの上に
そっとのっけて垣づたい
となりのおばさに見せにいた。
「おばさん、一寸マア御らんなさい
何て云うかわいい虫なんでしょう。そいでほんとにキレイでネ
糸でつないでまるくして
はだかの首にかけてても
たあれも笑いやしますまい」
私しゃ おばさにこう云った
可愛くてたまらない声でネー……
おばさは大きい鉄ふちの
めがねをチャンとかけなおし
ガラガラ声でこう云った、西のなまりでこう云った
「違いますぞナ、こりゃあんた
テントムシダマシヤ ないかいな」
私は目玉をクルクルと
三つまわしたばっかりで
だまって家ににげ込んだ……
見たまま
空色に 水色に
かがやいて居る紫陽花に
悪魔の使か黒蝶が
謎のとぶよにとんで居る、
ヒーラ、ヒーラ、ヒーラ
わきにくもめが白銀の
糸でとり手を作ってる
ヒーラヒーラ黒蝶が
紫陽花にとぶ夏の夕
〔無題〕
カガヤケ かがやけ可愛い御星
あなたは一体どんな人
そんなにたのしくキラキラと
天のダイヤモンド そのように……
偉いお日さんが落ちたあと
しない内気な若草が
夜つゆにしめる其の時に
貴方の小さいしとやかな
光が小さく見えてます
かがやけかがやけ 小さい御星
夜中かがやけ
御空の御星
芽生え
おととしは三つ咲き去年は一つ咲いて枯れた朝がおは今年はいつも、あのよわよわした体をもたせかけて居る垣根にその姿を見せなかった。
「今年は出ないんかもしれないぞ――あんな弱々しいんだったんだもの」
「そんな事はないでしょう。目に見えないところに生えてるんですよキット。あんな草なんて云うものは思えない、人間の想像のつかないほど生活力の強いものなんだから」
こんな事を云い合い今日までたった。ほかの家のかきねなんかにもあの可愛いようなかわいくないような花が見え出して居るのにと気が気でないながらも私は、
「あのいつものが咲くまで私はほかのを植えずにまってよう、若しも出た時にすまないような気がするから」
こんな事を思いながら一日に一度は垣根のわきの柔な黒土のこまかなきめを見て居た。まっくらな土の香の高い水気の多い土面の下の中に一寸出て居る乳色の芽生えを想像して私は土上に出た芽生えに向けるような喜のみちた希望のあるほほ笑みを黒土の上になげて居た。
私は若しやあの暗い中で乳色の糸のような芽生がそのまま朽ちてるんじゃあないかとも、だれかうっかりものが掃除の時にするどいくわのさきでスッパリと思いきりよく殺してしまったんじゃないかとも思いまわして不安心な日を垣根の黒土を見ては送って居た。
今日、ほんとうに今日私は思いがけなくいつもの黒土の上にみどりの水々しい朝顔の二葉がうれしそうに若々しく勇ましく生えて居た。
「オヤ」
初めて見つけた時私はうれしさとおどろきのまざった小さなふるえ声で叫んだ。
「よくまア」
その二葉を地面にひざまずいて頬ずりしかねないほどのなつかしみをもってしげしげと見つめながらそう云った。心の中で私が先に云った「人間には想像もおよばないほどの偉い生活力が有るんですっから」と云ったことの目の前にあらわれて来たと云う事もうれしいと云う事の一部を占めて居た。
「マア一寸、あのあれが出たんですよ、一寸ほんとうに」
統一のつかない言葉をつづけざまに口から吐いた私は又ひっかえして黒土の前にしゃがんだ。
「よくマア、ほんとうによくマア出て御呉れだったネー、まってたんだもの、御前だって分るだろう、さかりの今日になってさえ別のを買わずに御前一人をまってたんだものネー、ほんとうにうれしい心から」
人間の言葉の通じるものに云うように私はこう小さいしおらしげな声で云った。
私はそのやさしい芽生えの返事をききたいといつまでもそこに坐ってたけど何とも云って呉れなかった。ただ、そのしなやかな細かい細胞をながれてうるおして居る色のない血液のそのくっくっと云って居る鼓動と私の赤い、あったかい同じような細胞全体をうるおしてる血液の鼓動とがピッタリと一つもののようにしずかにドキンドキンと波うって居るのを感じた。
初めてもった財布
生れて始めて財布と云うものをあずけられた新吉はやっとかぞえ年で六つになったばかりである。着物の上からも小さくふくれて居る黄色の大黒さまのついた袋をソーッとなでた。目の前には少し黒味のかかった十銭丸二つと其よりも一寸大きい二十銭一つがかわりばんこにおどりをおどって居る。人に会うたんびにそのふところをはり出して「おれは財布をもってるんだ、偉かろう?」と云って見たかった。
「無駄づかいしなさんなよ」と銭を渡す時に云った母親の声を思い出してとまりかけたおもチャ屋の前を早足にすぎた。それと一緒に「何を買ったら無駄づかいじゃあないのかしら」と云う事が大学ノ入学試験よりもむずかしかろうと思われるまでに考えられて来た。
「本にしようかお菓子にしようかそれともおもちゃにしてしまおうか」
これだけの事がごっちゃになってその小っぽけな毛のうすい頭を行ききした。
新吉はこう思った。
「おれは今まで洋かんを一さおたべた事がないんだからそうしよう」
安心したように菓子屋の前で[#「前で」に「(ママ)」の注記]歩いた、そこには大人のしかも年とったお客さんが来て居た。
「ヨーカン一さおなんて……『おいやしな子だ』って云やしないかしら」
斯う思うとその人達が自分のふところに入って居るものを知って居て十銭玉の黒いのまでが見えてるんじゃあないかと思われて来た。そこを又居たたまれないように歩き出した。おもちゃも何を買っていいかわからなくなってしまった。本も店先からのぞいた所では自分にわかりそうなものがない。
「己はいったい何を買うんだろう」
新吉は泣き出しそうな声でそうつぶやいた。落っことしそうでたまらなくなったんでふところを両手でかかえた。どうにも斯うにもしようのないようになってかけ出した新吉は人につきあたるのもかまわずひた走りに走って家にかけあがった。真赤なかおをしてハアハア云って居る様子を見て、
「マアどうしたんだい、またけんかをしてまけたんかい」いくじなしだネーって云うように母親は云った。新吉は首をふって、
「違わア何かっていいんかわからなくってにげて来たんだい」
けんか口調で母親をどなりつけて大声あげてなき出してしまった。
母親が笑うたんびに「何かっていいんかわからなかったんだ」とどなりながらふところをおさえていつまでもいつまでもないて居た。
名無草と茶色の羽虫
いつまいたとも知れない種が芽を出した。そして花を持った。
草っぱらのすみっこにおしつけられたようになって……
それで居て勢よく二十本ばかりはスックとそろって出た。
いつだったか掃除の時に抜こうとしたのだけれども一寸ほんとに一寸出て居る葉が青びろうどのようにフックリと厚く可愛気の有る葉だったもんでそのまんまのこして置いたのが花をもった草なのである。その花は白粉の花に似て女らしいしおらしい花である。色は白紅淡紅でさし渡しは五分位、白い花のまん中に一寸と茶色の紋があるのなんかはものずきな御嬢さんが見つけたらキッとつまないではおかないほど人なつっこい花である。
「どうして生えたんだろう。誰がまいたとも分らないのに……」
「一人手にたねがとんで来たんでしょうキット……」
「そんな筈は有るもんですか。とんで来たんならあんなにチャンとならんで生えてなんて居るもんですか貴方」
こんな事を云い合って分らないに知れきったことで頭をなやまして居る内に花はみんな咲ききって七日ばかり立った。
誰云うとなく、その内に、あの花の蕊には昼でも夜でもキット一匹小さい茶色の羽虫が棲んで居る、どの花にでも……
と云うものが出来た。大事件のもち上ったようにさわぎ立てた。
年とった人なんかは、
「まかないものが生えるなんて、それでさえ一寸妙だのに……
それに違いないきっと魔がさしたんだ」
なんかと云ってその日は常よりも読経の時を長くし御線香も倍ほどあげたりして居た。
夜から私達は庭に出る度にキットこの花の中をのぞいてばかり居た。その中に小さい子供が風流熱にかかったりしたんでだれもかれも申し合わせたように花の事なんかは忘れて居た。ひょっと何と云う事なしにきづいて今日花を見るとその小さい可愛い花はみんなしぼんでしまって居た。
「オヤもうしぼんでしまった……そうそうあの虫はどうしたろうかしらん」
こんな事を云ってはじから御丁寧にようじのさきでしぼんだ花の中を一つ一つのぞいて見たけれども一つでおしまいになると云うまで虫は入って居なかった。
「とうとう居ないのかもしれない」
こんな事を思いながら御土産のつづらをあけるようにそっとようじのさきでひらいて見ると思いがけなく茶色の小虫はころっとなって入って居た。
私はみ入られたようにいつまでもこれを見て居た。
イキなり、ほんとにいきなり小虫はからだに似合わない強い力のこもった羽音をたてて人を馬鹿にしたように青空にとんでってしまった。
私は生きながら花にとらわれ
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