動を頭の頂上でうたせて居る。一時頃まで私はあの人のかつら下地に結ったかお、引眉毛の目つき、を思って居た。
 ウトウトとして目をさましたら七時頃だった。すぐとびおきて私は、退紅色と紅の古い紙に包んだ鏡と、歌と、髪の毛をもってあの人の家にかけて行った。あの人はよそに出て居た。それを縁側に置いて、
「身を大切にする様に、
 自分を大切なものに思う様に、
 勉強する様に」
と伯父さんに口伝して私は又家に戻って帰ったら翌日の晩、
「先達ってはどうも……あした朝九時で立ちます。前の家で借りてるんですから……さようなら」
 これだけを、あの人は細い金属を通して私に云ったきりで行ってしまった。
 私とあの人、――もとより知らない人になる事はどんなに長い間時がたってもあろう筈がない。「二人の中どっちが死んだ時でものこった方が死んだ人にお化粧のしっこをしましょう、――私とあの人はこんな事まで云った。私は、あの人がどんな事をしても信じて居る事は出来る、私はあの人を信じる事が出来る――」斯うささやく心のどこかにほんのちょっぴり今までにない不安さがある。
 私はあの人を女優とは云わせたくなく、又自分からも云いた
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