くない。
 女優――斯う云う言葉の中に何とはなしに私にはいやにひびく音がまじって居る。
 女役者と云う方が私はすきに思われる。
 女役者のあの人と私、そう思うと何故とはなしに涙がこぼれる。
 あの人は今大阪に居る。私は東京に居る。
 あの人は女役者で、私は――
 私とあの人――はなれられないものだと云う事だけを私はハッキリ知って居る。

     夜の町

 下町のどよめきをかすかに聞いて夜店のにぎやかさ、それをうめて居る軽い浮いた気分、――そうしたものを高台に育った私はなつかしがって居る。屋敷町の単純な色と空気の中で人いきれと灯影でポーッとはにかんで居る様な向うの空を見てその下に居る人達の風、町の様子を想像して居る。あの、夜あるくにふさわしい様な――どこまでこのまんま歩いて行ってもその先々にキットたのしい事が待ちかまえて居る様な気のする銀座通りを私は毎日歩いて居たいと思う。何となし斯う、熱い気持のする柳の下に細々とかんテラがともって色のあせかかった緋毛氈の上に、古のかおりのほんのりある様な螺鈿《らでん》の盆や小箱や糸のほつれた刀袋やそんなものは夜店あきんどが自分の生活のためにこうやっ
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