て居るとは思われない。うす黒い柳の幹に、しみのある哥麿の絵や豊国の、若い私達の心をそそる様な曲線の絵が女達の袂のゆれに動く空気にふるえて居る――その絵のにせものなんかを見る余裕もないほどに私の心にせまって来る。目のとどかないほど高い建物のわきに、――まぼしい電燈のかげに――緋毛氈とカンテラの別の世界が□[#「□」に「(一字不明)」の注記]よせて哥まろの女のほほ笑みかくれた天才の刀のあとが光る、――斯う思うだけでも私は細く目をつむってほほ笑みながら小さい溜息をつきたくなる。
 行って見たい――私は田舎の娘の都を思うと同じ調子にこの色も空気も気分もまるで違った銀座の通りをあこがれて居る。
 なろう事なら一晩あの通りにうれてもうれないでもどうでもかまわないからあの古道具屋になって座って見たい斯んな事も思って居る。鹿の角の刀かけの上に光って居るカタナと云うものを珍らしげな又こわらしげな様子をしてのぞき込む裾のせまい着物を着た異国の女、すべてが活き活きした若い人達の心にふさわしい様な夜の様子を思うと体の中の方からかるい震えが起って来るほど――銀座の夜は私になつかしい。気のあった若い人とだまって居
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