んのような人のくせにどうしてああ身のまわりの事には気をつけるんだろうと妙に思われた。そしてまだ一度も紅をさした事のない唇をそっとしめした。
間もなく御仙さんが帰ろうと云い出して御まきさんも、
「えらい御やかましゅう。牛込の姉はんのとこに居まっさかえ、貴方も御いでやす。まってまっせ」
中腰をしてこんなことを云いはじめた。
「マア、ようござんしょう、も一寸いらっしゃいよ。まだ早いじゃあありませんか」
御仙さんは母の斯う云うのをきいて心もとなそうに御まきさんの袖をひっぱって居る。
「せっかくどすけど……ここなややさんがききませんさかえ。
ナア、そうやろ、ほんまに大きに御邪魔、御めんやす」
御まきさんは御仙さんに御辞ぎをさせてそそくさと玄関に行ってしまった、
「西の人はゆっくりだってのにあなたは随分せっかちだ事」
母はこんな事を云いながら送った、私も御仙さんのふんだ足あとをボカすようにしてあるいた。
「あすは歌舞伎や」
御仙さんが車にのる時チョッとこんな事を云った。
「さようなら、御仙さん、近い内」
私が斯う云った時車の上の御仙さんは、
「上りまっせ、こんどは人形はんか何かもっ
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