彼も忘れたように弾いて居た。
 その日から長次はめっきり強くなった。けれども学校では同じ位にいじめられて居たけれども、
「何んだい、天子様の御前で弾いて見せるぞ」
 涙をこぼしながらそう云って居た。
 家にかえるとすぐ誰が居ても斯う云って居た。
「ネエ母ちゃん、芸人だって偉いんだネー、天子様の前でだって弾けるんだもの……」

     京の御人

「ついでがあんまっさかえ久しぶりで御邪魔しようと思ってます、先に御出やった時ややさんでおしたいとはんはさぞ大きゅう御なりやったろうなも、そいがたのしみやさかえ」
 こんなうちとけた手紙をよこした御まきさんと云う人は京は嵐山の傍は春の夢のように美くしいところに今年十六の一人娘とおだやかに不自由なく暮している人だ。生れは雪深い越後、雪国に美人が多いと云うためしにもれず若い時は何小町と云われたほどその美しさがかもしたいろいろの悲しいことや美しい話は今はきりさげの被衣姿の人の口からひとごとのようにはなされる事もたまにはある。娘も京の川水に産湯をつかっただけ有って牡丹のようなはでやかな姿とまあるいなめらかな声をもって育った人で理くつもこねず女学校にも上
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