云うんじゃあないんかい」
年にませたことをフイに云ったんで母親はハッとしたようにそのかおをしげしげと見て云った。
「気やすめ? そんなまわし気をするもんじゃあないよ。御前のかなしい事は私も同じほどかなしいんだから、サ、もうそんな事は云わずに何か合わせようネ、いい子だから」
長次はまだわだかまりのあるようなかおをしてだまって居たが、
「ウン合わせよう」
はっきりとした声で云ったので母親は身も心もかるくなったようにかけ下りて黄色いふくろに入った三味線を二梃もって来た。
「何にしよう」
母親は指をなめながら云った。
長次はしきりと撥を持ちかえて居たけど、
「はでなもん、なんか」
「越後獅子がいいよ、それじゃあ」
長次と母親の手がサッとひらめくと「シャン」しまったさえた音は川面をかすめて向う岸の倉の屋根をかすめる、都鳥の白い翼にものる。母親は目をつぶってはぎれのいい手ぶりでスラスラといい音を出す。まだ小さい自分の子のたのもしい様子を見て五年前になくなったつれあいの事を思い出してどうしてもあの位にはしあげなくっては、と思って撥をにぎって居る小さい白い手を見つめた。
二人は永い間何も
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