もしらないようにこんな事を云った。
「母あちゃん」
長次はいかにもなさけなそうなしっとりとした声で云った。
「何だエ」
「アノネ、何故僕は芸人[#「芸人」に傍点]の子なんだろう」
「マア、何故って……妙な事をきく子だヨ、芸人の子なら芸人の子なんじゃあないか」
「古っから芸人の子って馬鹿にされるにきまってたんだろうか」
「そんな事がどこに有るもんかネ、正しい事ならどんな事をしたって馬鹿にされるっテエ事があるもんじゃあないノサ」
不雑作に云いのけてもこの上つっこんできかれたらと母親は気が気でなかった。
「でも明治の前までは乞食と同んなじだったって云うもん」
「そんなに御まえくどくど云ってるもんじゃあないのさ。古は昔、今は今、サネ、わかるだろう。もうこないだ御なくなりになった天皇様が御偉くって、偉くさえ有れば平民だろうが何だろうが立派にして下さるのさ、芸人だってそうさ、天皇様の御前であの福助と団十郎が安宅ヲシテ御目にかけた事だってあるじゃあないか、だもの……」
「僕になれるんかしら」
「なれるともネなれるともネ、一生懸命にさえすればどんなにでも偉くなれるもんだもの」
「母ちゃん、気やすめ
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