親をうらむようなことを度々云って居た。散々ないたあげく母親が弟子に稽古をつけて居る三味の音に気をとられて小声で合わせたりなんかして悲しさを忘れては、
「又あした」
 こんな事を思うと急に暗いかげがさしてだまり込んで淋しいかおをして居るのがふだんであった。
 其の日も下駄を格子の外と内にぬいで稽古をつけて居る母親なんかには目もくれずに二階に上ってしまった。
「又いじめられたんだ」
と思った母親は自分の子の不甲斐なさにはらは立ち又、そう云われてもしかたがない今の身の上を思うと不便[#「便」に「(ママ)」の注記]でもあり、こんなこんがらかった気持にすぐ撥をなげ出してしまいたいほど気が立って来た。
 いいかげんに稽古をしまって母親はしのび足に二階にのぼってすきまから目だけでのぞくと筋がぬけたようなかたちをして手すりに頭をおっつけて午後のキラキラした川面をとんで居る都鳥の姿をなつかしそうに見て居た。
「キットなきつかれたんだよかわいそうに」
 母親は一人ごとを云いながら障子をあけた。
 長次はふりむきもしないで見入って居る。
「長ちゃん、どうおしだエ、何んか合わせてでも見ないかい」
 何に
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