ちて、細いその上を指で一なでしたら消えてしまいそうな御月が、
「わたしゃ、もさっきっからここに居るのに」
と云ったようにものほしのわきにちゃんと見えて居た。
 御台場はぼんやりかすみはじめて雲の山はうす紫に青い海は前よりもあおく、みちしお力づよさと、気持とがその一うねりの波間にもこもって遠い遠い沖の方から段々こっちにこっちにうねって来る。

     芸人の子

「何んだ、高が芸人の子じゃあないか」
 斯う云うひややかな情ない声が、まだ十二にほかならない長次の体をつつんで居た。学校に行っても二こと目には「芸人の子」が出かけていじめられて居てもたれ一人味方になって呉れる人もない中でまっさおなかおをして唇をかんでポロリポロリと涙をこぼして居るのを意地悪の子供達はまわりにたかってヤンヤとはやして居る事がたびたびあった。学校がひけてあとも見ずに大河端にある家の格子の内に入ってからそう云う時にかぎって「只今」もしないで二階に上ってピッシャリと障子をしめてしまう。それから思い出したようにいかにもくやしそうに肩をふるわして泣いて居る。なきじゃくりながら、
「何故生んで呉れたんだ、何故生んで呉れたんだ
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