が気でないながらも私は、
「あのいつものが咲くまで私はほかのを植えずにまってよう、若しも出た時にすまないような気がするから」
こんな事を思いながら一日に一度は垣根のわきの柔な黒土のこまかなきめを見て居た。まっくらな土の香の高い水気の多い土面の下の中に一寸出て居る乳色の芽生えを想像して私は土上に出た芽生えに向けるような喜のみちた希望のあるほほ笑みを黒土の上になげて居た。
私は若しやあの暗い中で乳色の糸のような芽生がそのまま朽ちてるんじゃあないかとも、だれかうっかりものが掃除の時にするどいくわのさきでスッパリと思いきりよく殺してしまったんじゃないかとも思いまわして不安心な日を垣根の黒土を見ては送って居た。
今日、ほんとうに今日私は思いがけなくいつもの黒土の上にみどりの水々しい朝顔の二葉がうれしそうに若々しく勇ましく生えて居た。
「オヤ」
初めて見つけた時私はうれしさとおどろきのまざった小さなふるえ声で叫んだ。
「よくまア」
その二葉を地面にひざまずいて頬ずりしかねないほどのなつかしみをもってしげしげと見つめながらそう云った。心の中で私が先に云った「人間には想像もおよばないほどの偉い生活力が有るんですっから」と云ったことの目の前にあらわれて来たと云う事もうれしいと云う事の一部を占めて居た。
「マア一寸、あのあれが出たんですよ、一寸ほんとうに」
統一のつかない言葉をつづけざまに口から吐いた私は又ひっかえして黒土の前にしゃがんだ。
「よくマア、ほんとうによくマア出て御呉れだったネー、まってたんだもの、御前だって分るだろう、さかりの今日になってさえ別のを買わずに御前一人をまってたんだものネー、ほんとうにうれしい心から」
人間の言葉の通じるものに云うように私はこう小さいしおらしげな声で云った。
私はそのやさしい芽生えの返事をききたいといつまでもそこに坐ってたけど何とも云って呉れなかった。ただ、そのしなやかな細かい細胞をながれてうるおして居る色のない血液のそのくっくっと云って居る鼓動と私の赤い、あったかい同じような細胞全体をうるおしてる血液の鼓動とがピッタリと一つもののようにしずかにドキンドキンと波うって居るのを感じた。
初めてもった財布
生れて始めて財布と云うものをあずけられた新吉はやっとかぞえ年で六つになったばかりである。着物の上からも小さくふく
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