れて居る黄色の大黒さまのついた袋をソーッとなでた。目の前には少し黒味のかかった十銭丸二つと其よりも一寸大きい二十銭一つがかわりばんこにおどりをおどって居る。人に会うたんびにそのふところをはり出して「おれは財布をもってるんだ、偉かろう?」と云って見たかった。
「無駄づかいしなさんなよ」と銭を渡す時に云った母親の声を思い出してとまりかけたおもチャ屋の前を早足にすぎた。それと一緒に「何を買ったら無駄づかいじゃあないのかしら」と云う事が大学ノ入学試験よりもむずかしかろうと思われるまでに考えられて来た。
「本にしようかお菓子にしようかそれともおもちゃにしてしまおうか」
 これだけの事がごっちゃになってその小っぽけな毛のうすい頭を行ききした。
 新吉はこう思った。
「おれは今まで洋かんを一さおたべた事がないんだからそうしよう」
 安心したように菓子屋の前で[#「前で」に「(ママ)」の注記]歩いた、そこには大人のしかも年とったお客さんが来て居た。
「ヨーカン一さおなんて……『おいやしな子だ』って云やしないかしら」
 斯う思うとその人達が自分のふところに入って居るものを知って居て十銭玉の黒いのまでが見えてるんじゃあないかと思われて来た。そこを又居たたまれないように歩き出した。おもちゃも何を買っていいかわからなくなってしまった。本も店先からのぞいた所では自分にわかりそうなものがない。
「己はいったい何を買うんだろう」
 新吉は泣き出しそうな声でそうつぶやいた。落っことしそうでたまらなくなったんでふところを両手でかかえた。どうにも斯うにもしようのないようになってかけ出した新吉は人につきあたるのもかまわずひた走りに走って家にかけあがった。真赤なかおをしてハアハア云って居る様子を見て、
「マアどうしたんだい、またけんかをしてまけたんかい」いくじなしだネーって云うように母親は云った。新吉は首をふって、
「違わア何かっていいんかわからなくってにげて来たんだい」
 けんか口調で母親をどなりつけて大声あげてなき出してしまった。
 母親が笑うたんびに「何かっていいんかわからなかったんだ」とどなりながらふところをおさえていつまでもいつまでもないて居た。

     名無草と茶色の羽虫

 いつまいたとも知れない種が芽を出した。そして花を持った。
 草っぱらのすみっこにおしつけられたようになって……
 
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