ばんをしていたくなって来た。弟があの人を人とも思わない様な図々しい鼻をびくつかせて私の顔を見ちゃあ笑って行く。ポヤッとした様な形が私の気にますますさわる。めんどうくさい、ちょんぎってしまえばいいに、とこんな没義道な事まで考える。頭を抱え込んでまるで学者が考え事して居る時みたいに家中をあるきまわる。床がギシギシ云う、天井にすすがぶらさがって居る。女中達が考えのいかにも無さそうなゲラゲラ声をたてて笑って居る――そんな事はよけいに私を怒らせて、まるで今日だけ特別に私をからかうために出来て居るかと思われるほど並んで、揃いに揃って私の心を勝手におこらせたり、イライラさせたりして居る。まるで男と同じ足つき調子に又元の部屋にかえる。涙がも一寸でこぼれそうなほどかんしゃくが起って居る。胸がドキドキ云い、頭はがんがんするし耳まではやす様に鳴って居る。
 ぶっつける様につっぷした。宝丹香いがプーンと鼻をおそう。目の前にきたならしい体をさらけ出して居る壁を見ると自分の体をぶっつけてこわしてしまいたいほど重っくるしいさえぎられた様な感じがする。
 目をつぶって顔を抱えて……段々心がしずかになって来ると一緒にやたらむしょうにかんしゃくを起したあとの淋しさがたまらないほど迫って来る。口の中で、
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トウレの君のかたり草
誠かはらで身を終へし
愛人がいまはにのこしたる
黄金のさかづきまもりつゝ
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 こんな事をうたって居た。おだやかな気持にかえってあの帝劇で見た時のグレートヘンの着物、声、口元そんな事を思い出して居た。そうすると又小っぽけな小供達がけんかをはじめた。あの泣き声、叱る声、わめく声、又それをきくとかんしゃくの虫がうごめき出すと一緒に痛みが歯の間に生れる。こんな一寸した下らない事で又私の頭はごっちゃごっちゃにかきまわされてしまった。居ても立っても居られない。
 私は柱にドスンドスンと体をぶっつけながら涙をこぼして居る。
「又一日ねころんで居なくっちゃあなるまい、子供なんて……、どうしたってすきになれるものか……」と天井をにらんで云った。いたいのも、涙の出るのも分らないで、只クシャクシャばかり感じるほど私の心の中にはひどい低気圧がおそって居るのだ。

     猿芝居

舞台の下からつまだてて
そっとのぞいた猿芝居
釣枝山台 緋毛せん
灯かげはチ
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