うしかりつけた。
たまらないほどイライラする気持で鏡の前を飛びさった。そして、私のかおのうつるものとては一つもない部屋――私の本ばかりある部屋に入った。机の前に腰をかけて何心なく頬杖をつくと片方の違いが又ハッと思うほどわかる。「いやんなっちまう」こんな事を云ってしまつの悪い二本の不細工な手を卓子の上にパタッとなげつけた。まぎらそうとして本箱の本を見ては一々その中の事を思い出して居る。順々に見て居ると私のすきなのが二冊見えない。又あれがもってんだと思うと、すぐだらしのない、ウジウジした袴をいつでもおしりっこけにはいて居る男の様子が目の前にうかぶ「よりによって私のすきなのをもってかずといいに――たった一度見たけりゃあもってってもいいって云ったら、いい気んなってどれでもとってって仕舞う」
まさか面と向っては云えないこんな事もかんしゃくまぎれに云った。何を見てもいやにこん性わるく弱々しく、そしてしゅうねん深くこびりついて居る痛みに気をひかれる。ソーッと義《イレ》歯をかみ合せて見る時みたいにやって見るとすぐつまさきから頭のつむじのてっぺんまでズキン――すぐ涙がスーッとにじみ出て来る。お正月にこの歯が悪くって血脇さんに行ったんだけれ共あの色の生っちろい男がむしずが走るほど気に食わなかったで十日ほどでやめたばちだと云えば云われるが――そうなんでしょうって云われればまけおしみのつよい私は違うんですよって云うにきまって居る。
理屈はとにかく痛い事は痛い、たださえ骨套[#「套」に「(ママ)」の注記]的に出来上って居るかおを左頬をプクンとふくらませて八の字をよせて居る顔はさぞマアと思うとあいそがつきるほど腹が立ってしまう。ろくでもないげんこを作ってトントンと卓子の上を叩く、そのいやに人馬鹿にした様な響までが気にさわる、何かうたでもうたって見せろと、一声出すとろくに口が廻らない気がさしてフッとやめてしまう。ほっぺたを押えて見たり、かみ合わせて見たり、ああしこうしして見ても痛いのはなおらない。家の人から宝丹をもらってやけに口一っぱいぬりつけてしまう。口もあつみがふえた様にボテボテして感じがにぶくなってしまった。痛みは少しいい。泣きつらに蜂はこの事だと思われた。笑う人の気がしれないって一人でプリプリして居る。笑いたいと思ったって、かんしゃくが起って笑えやしない。
頭の半分までが御しょう
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