ぶー》がええ加減ですよ」
と云った。飯たきの中婆さんがやとってあるのに、夜のフロの番は必ず幾子がした。くたびれて帰った娘たちを慰めてやるのは母親の心づくしだ、と云うのだ。けれども女店員たちは一人としてそれをよろこぶものはなかった。
 一番に津田が入り、次には年が小さくても男の店員たちが入る。それから女店員が時には幾子と一緒に順ぐりで入る。そんな風にして入る風呂がすめば十二時になるのはあたりまえであった。しかも湯の水が減ってしまっていても、ぬるくて心持がわるくても裸で「奥さん、ちょっとたいて下さい」と、声をかける勇気のある娘たちはなかった。我慢してしまう。呑気《のんき》そうだが鋭い気性のまきが、いつか、フロを出るなり大きなくしゃみをして、
「うまく考えたもんじゃ! 一年につもったらだい分石炭がちがうわ」
と云ったのは本当だった。皆そう思っているのであった。
 今日のような半休でも寄宿舎の女店員たちは通勤とちがって存分に手足をのばしてふざけることも出来なかった。外出は二人以上組でないといけない。半休ごとに出かけると幾子が、さっきの唄のくちで、何かと当てつけた。
「東京には花嫁学校と云うのが
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