せた。
 みんな静まりかえって手ばかり動かし出した。ところへやって来て、幾子は、
「……遠慮なさらないで、うたって下さい。本当に若い方は声も清らかやからええこと!……」
 小皺がよってカサッとしたところに水白粉をつけた顔を信江にむけ、
「むかしものやから、この頃の唄はちっともわからんわねえ。……何です今の?」
と云った。信江は勝気で悧口そうな口元で笑うばかりで返事しない。加代が、ザーッと盥の水をあけて、
「信江さん、すみません。ちょっと」
 信江は救いに舟という様子でにっこりし、ポンプを勢こめて揉みはじめた。津田の細君の幾子はとりつき場を失ったように、乾しものを直したりしながら、さもこの唄を唄えといわんばかりに、琴うたでもうたうような調子はずれの弱々しい声で、
  廟行鎮の敵の陣
  われの友隊すでに攻む
と、「爆弾三勇士」の歌をうたい、また油障子の方へ去ってゆく。信江がふっと笑いをこらえて肩をすぼめた。
「だめェよ、信江さん!」
 そういう加代も軽蔑と腹立たしいおかしさで、油障子が閉ってしまうと、
「チッ!」
 舌うちをした。
「ああ、しんど!」
 わざとらしい高声で、色白のキヌが云
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