の生活からあれこれとかすめるのがだんだんいやになった。寺への納めものときくと、むざむざ手のひらを剥いでゆかれるような心持がする。
「寺ときくと、あの大遠忌《だいおんき》思い出してぞっとするわ」
「ほんになア……、あのときはえらかった」
永平寺の大遠忌のとき、だるまや百貨店では一日十万人の客が入ったといわれた。客の中で上気《のぼ》せて倒れた者も出たが、それがすむと病気になってやめた女店員がたけをの玩具部だけで三四人あった。
父親の岩太郎は、あぐらをかいた拇指にはさんで繩をなっていたが、
「この秋の大演習に天皇さんのお宿は永平寺じゃそうだ。――あこには天皇さんの長寿祈願の位牌がかざったるそうな」
たけをは冷淡に、
「ふーん」
と答えた。
「……津田もあの黒子《ほくろ》が曲者《くせもの》じゃ」
繩をよっている掌に唾をして岩太郎がぼそっとつづけた。
「あれも豊田にとり入って県庁跡の土地をせしめてからグンと芽をふきよったなあ。……だるまやのケツは谷中がうずめとるそうじゃなあ」
だるまや百貨店の表面上の店主は元教員あがりの津田信一だが、資本は市会議長谷中三太郎が出したということになってい
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