、よその人に向ってたけをさんと呼び、うちでは姉《あね》ちゃんと呼んだ。
 たけをが箱膳をしまうと、トラは内気らしく、
「どら……」
と呟きながら、切戸のよこに据えた機《はた》へのぼった。
「きんのうのう、もう上ったのけ?」
「あいさ……早うせんことにゃ……納めものと講のかけ金で、頭痛してござるわな」
 カッシャン、カッシャン。トラはおはぐろ[#「おはぐろ」に傍点]をつけた反歯《そっぱ》を見せ、口をあけぱなしにしたような表情で仕事に熱中しはじめた。四年前の恐慌からこの町だけでも相当な機屋が片はじから倒産し、機械をとめている。広幅ものの輸出羽二重や人絹を織っていたこの山陰地方の町の機屋は、直接アメリカの恐慌の打撃を蒙ったのであった。近頃では、大勢織子をつかっていたような機屋がつぶれる代りに、腐れかかったような家がガラスをはめた窓を一つ切って、その下に借りものの機を据えつけ、カッシャン、カッシャンとやりはじめた。そんな家が部落の内でさえ二三軒ある。機屋は工場をひらいていたのでは立ちゆかないので、織子をつかうより安上りな農家の神さんや娘の内職として少しずつ下うけさせるのであった。織子なら日給だ
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