った貴方がじいっと目を下に落して聞いていらっしゃいましたっけねえ。
あの御姿が私の心をどうしてもはなれません。
何かにつけて時々思い出されるのでございますよ。
その静かな様子が今夕も私の心に帰って参りました。
目を瞑るとあの細い声が再び私の耳にすべり込んで来る様でございます。
そのおだやかな柔く心をなでて行く様な思い出は、私を、どうしても貴方への最初のお便りを書かねばならない様に致しました。どうぞおよみ下さいませ。
まあ今晩のよい雨でございます事。
私は、自分の四方を本箱とおもちゃでかこまれた書斎の中で心を浄めて行く様な雨だれの音をききながらそう思って居ります。
荒れた土の肌もさぞ美くしく御化粧されて行く事でござんしょう。
あれまあ、闇の中で木の葉の露が目の痛いほど輝いて居りますよ、何か物を申す様ですけれど私にはきこえませんの。
雀の巣は濡らされませんでしたろうかねえ。
毎日毎日重いのしかかる様な日がつづきましたので、昨日と今日の雨がどんなに私の心をすがすがしくさせてくれる事でございましょう。
金の櫛をさして眼の細い土人形の姫だの、虫封じのお守りの小さい首人形を
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