、という内容で理解されている。キュリー夫人は、その意味で国際的な科学者であったし、日本にも音楽や映画女優で国際的なひろがりをもつひとの出て来ていることは知られている。そして、このごろのように幾年ぶりかで国の内外の往来が恢復しはじめると、ユネスコの問題にしろ国際的だし、アメリカへの留学生の出発も国際的な一つのできごとだし、織姫渡米も国際的な現象の一つとなった。
それにつけても、わたしたち日本の婦人は、これまでどんな国際的な関係のなかにおかれ、どんな国際性を自分たちのものとして生きて来ただろうか。第一の特徴は、わたしたち日本の女性の生活が、十数年間、絶えずつよまる日本のファシズムとその権力が計画した戦争の下におかれて来たということである。
一九三一年の後半期、張作霖を爆死させて満州への侵略がはじまってから一九四五年八月十五日まで、日本の人民生活の物も心もぼろぼろになり果るまで、わたしたちは十四年間の戦争にさらされた。戦争は現代の資本主義の国々が互にもっている利害の矛盾や、その国の内にもっている社会機構の矛盾の総合的なあらわれである。だから、戦争という大惨事が発生すれば必ずその半面には、
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