という三つのどれもが記憶において錯綜していたからです。」
読者に奇異の感を与えるそのような冒頭の文句ではじまる、長文の上申書の終りは、かつての転向上申書の書式を思わせ、共産党への罵倒と「いかなる罰も天命であって人智のなすべからざるところと。そして後、新たなる魂をもって邦家のために生き抜こうと決心しています。未だに過去の労働運動(特に国鉄)をもって喋々するものがあるならば、それらは徒に事を構えて能事終れりとなす階級であって、かようなことはいわゆる革命家に任せておけばよいと考える。今や己の愚を悔るのみです」と結ばれている。そして竹内被告が書いたその上申書の冒頭に語られている錯交した本人の心理に似合わず鮮明、詳細な、現場見取図というものが、番号入りでのっているのである。
十一月十八日の第二回公判をひかえて、竹内被告の上申書は読売新聞独特の特色を発揮して出来るだけセンセーショナルに扱われたのであったが、翌十六日の朝の毎日新聞には「謎包む二つの手記」「変転する竹内被告の心境」というまた別の記事があらわれた。竹内被告は十一月十五日午後、栗林弁護士と府中刑務所で面会したとき、「私がさきに上申書で
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