らわす言葉として、わたしを調べられたところの天野検事はこういうことをいわれている。これはちょうど私の起訴が決定する八月八日の日であります。」「私をいままで調べられたあなたが、長年の検事としてその体験から私の起訴の決定をする会議にでてどうか一つ公正なるあなたの意見を述べて頂きたい。そのために是非闘ってもらいたいということを申しあげた。私はその時に涙とともに申しました。胸が一杯でした。その時天野検事がいわれるのには、私も吉田政府の官吏だ。だからその官吏の枠をでることはできない。こういわれたのであります。」「私はこの三鷹事件に何の関係もありません。しかるにかかわらず起訴された。そして百余日にわたる牢獄生活、これを通じまして天野検事がその時にもらされました一ツの嘆声が実はこの三鷹事件の本質であったということを感じてきたのであります。」「それでは吉田政府の枠とは何だ、私は労働者であり、日本共産党員であります。われわれに対する枠は、いわゆる吉田民自党内閣のわれわれに対する政策は、反共国民運動によって労働組合を弾圧し、共産党に対する弾圧をする。これは新聞でもはっきりしている。そういう反共国民運動の枠、その枠であるということを私は感じてきたわけであります。で、取調べの過程においてもお前からは聞こうとは思わない。しかしもう傍証でかたまっておってお前は何をいおうと駄目なんだ。もう容疑ではなくて確定している。やらないといったってもう共同正犯だ。共同正犯は、無期又は死刑だ。それでは一体私のどこがそれに該当するのかということをききましたとき、それはいえない、お前の胸にきいてみろという。私は何も関係していない。」「そして百余日のあいだそんなやりもしないのにそんな共同正犯なんて、そんな馬鹿なことがあるものかという気持と、私は自分の潔白を申しでて来たにもかかわらず、髪の毛をつかんでそしてあの武蔵野市の警察の玄関をひきずり歩かされ、そして警察の権力によって牢獄につながれている。これではいくら自分が潔白を主張してもこの検事によってこのまま首をくくられるのではないかというような不安をもつわけです。」「この二ツの気持の内面闘争、これは実に深刻なものです。」「結論的に私が申しあげたいのはわれわれを被告としたあの検事諸君こそまさに公務員法違反であり、職権乱用の非国民である。私はそう思う。なお弁護人諸君に一言申しあげたい。僕は弁護人諸君はただ単に弁護人だけにとどまらず、本当に日本の民主主義をまもり、憲法を擁護する人民のえらばれた検察官としてあの被告たちの真相をてってい的に究明してそして自分の前に謝罪せしめるように、どうかわれわれに御協力願いたい。」
被告外山勝将(二五)、もと運転手、同分会執行委員「被告に対してもあらゆる方法をもっておどかし、例えば町のゴロツキの如くお前は検察庁に喧嘩をうるつもりか。それなら俺たちはお前を法律で必ず殺してみせると暴言をはいておどかし、最後には、もしお前たちが事実をいうならば七年の刑が三分の一になって、又社会にでて活躍する時がくると誘惑」したと陳述した。八月十五日の深夜に、事実無根の自白をおこなった被告横谷武男(二七)、もと技工、同分会闘争委員が、どのようにして数名の検事たちから彼の親思いの気持と共産党員として党組織を信頼している感情を逆用されて、理性の混乱につきおとされたかということは、公判廷でとられた彼の陳述をふくむ録音が翌日放送されて、多大な感銘を与えたことによっても明瞭である。十二名の被告のうち、最年少者である清水豊(二〇)、元整備係、同分会執行委員は、午前の人定尋問のとき、まず次のように発言した。「即刻この公訴をとり消して頂きたい。その点について申しあげたい。私は私を育ててくれた両親、かずかずの恩師、諸先生たちに正直であれと教えられてきた。そして私もそのように生きてきた。真実を愛し、正義を愛して生きてきました。ところが八月一日無実の罪によって逮捕され、八月二十八日起訴されたのであります。すなわち、真実を愛し正義を愛し、それの味方でありそうして保証者であり、これを助長しなければならない検察当局が真実を愛し正義を愛するものを起訴する。このような不当なものをわれわれは断じて容認できないのであります。」ついで午後の法廷で、わかわかしい学生服の彼は一時間にわたって検事の取調べに苦しめられた状態をのべた。「われわれは決して空虚な根拠をもって公判取消を要求するわけではない。」と、八月一日から十五日まで泉川検事と渡辺警部によって主として組合の「細胞会議について特に追求されたのであります。」そして逮捕の理由を追求する被告に対して「捜査官は容疑の点というものはタネだ。タネをあかすことはできない。」渡辺警部はしきりに若い清水の意気をくじくための刺戟を与
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