えた。共産党の「あの悪らつなやり方をみよ。都庁の事件をみろ。あれはお前の仲間がやったんだ。お前の仲間が殺しておきながら警察が殺したんだといって共産党は宣伝している。」「親は社会の為だとか、或いは世の中のためだとかいって、云々することをよろこぶものではない。親というものは三度のめしをくわしてもらえば、それでよろこんでいる。そうしてせがれの顔をみられればそれでいいのだ。そういう暴言をはいた。」そして「十五日には横谷君がおかしな心理状態においこまれて事実無根の自白を強要されてそれ以来われわれの自白に対する強要は一段と過酷と熾烈の度をましてきた。」「横谷君の事実無根の自供を私の前にならべた。」「私は二十二日の晩に考えた。起訴される前の晩であった。自供すれば、また横谷君の事実無根のあれを認めれば、情状酌量される。もし私が真実を真実として闘えば破れるのか。」「泉川検事のいうことを本当にうけた。俺はもうだめだということを考えた。しかし死を決して真実を守ろうと思った。」二十三日に清水被告は「どうだね、考えたか」という泉川検事に向って答えた。「私は考えた。しかしいくら考えても嘘は云えない。たとえ仲間の者が何と云おうと私は最後まで真実を守って死ぬのだ。」「もし仲間の人たちに清水もやったということをいわれてそこで殺されるならば、仕様がない。」「もし清水がやったという人があるとしたらば、それはやっぱり恐怖にとりつかれたんでしょう。いかに他の人が何と云っても私は嘘はいえない。もし自供した人々が情状酌量されて、真実を主張して闘った者が極刑を課せられるならば止むを得ない。しかし人間はそこまで悪くはできていないだろう。何時かは清水はやっていないといってくれるだろう。私は泉川検事に最後に血涙をしぼって云った。」「二十三日の日に私は、血涙をしぼって否認した。」この間泉川検事は、君は九分九厘不利だという言葉を執ようにくりかえした。治安維持法時代から特高として働いてきたツゲ事務官(柘植)は、尾崎秀実の例をひいて「彼は遂に刑場の露と消えた。彼は真実に生きていた。最後まで真実を主張して自分の真理に生きた。そうして彼は牢獄において手記を残して行った。お前は小説に書かれるか。そこまで私は云われました。」清水被告は、彼の詳しい、情熱のこもった陳述を次のようにむすんでいる。「三鷹電車区の中には、たとえかけだしの党員でも年が若くてもマルクス・レーニン主義を充分知らなくても、構内に入っている電車を暴走させて人の命を奪って、これで日本の流血革命だなどといって手を叩いてよろこぶような若者はいない。三鷹電車区の細胞にはそんな馬鹿は一人もいない。また、そこまで私は馬鹿にわをかけた者ではない。私は革命がそのような過激な手段によって達せられるものではないと考えている。」
「われわれマルクス・レーニン主義の党は、働く大衆をもっとも愛し、その幸福をもっともよろこぶことができ、その不幸をもっとも悲しむことができる。働く大衆の一人を失うことをわれわれは最大の悲しみとするのである。だからすべての人の先頭に立って闘うことができる。その一員たるわれわれになぜこのような無謀なことができようか。」「このような検察当局の行為は、かつてナチスのヒットラーがやったことと何ら変らない。これに対してわれわれは死をとして徹底的に闘う。否、日本の民主主義を愛する人はみんな徹底的に闘うだろう。民主主義の潮流に逆行する現在のファッショ的存在は、全世界の民主主義を愛する人により徹底的に糺弾され断罪されるときがくるだろうということを私はいいたい。日本の検察当局が事実正義を愛する者の味方であるならば、この陰謀の一つであるこの公訴を即刻とり消すべきである。」と。
偽証罪で公訴されている石川政信(二七)元鉄道技術研究所員と金忠権(三一)元『三多摩民報』記者らはこう陳述している。「私は一ツ云いたいことがあります。それは、検事の理解に一致しないすべての証言は、偽証であって、偽瞞であるとこのような独断的、専断的言辞に対して私は心からの憤まんをもっています。」(被告石川)つづいて金被告ものべた。「偽証罪に対する起訴取消を行っていただきたい。」「検事がこのようにすべてのものをいう者に対して全部が起訴ということにしてこういう風にひっぱられるなら、日本の全人民は一言もしゃべることができない。」「検事は何といっているか、君があまりはっきりするから悪い。もう少しぼやかしたらどうかということは、一体正直なことをいえというのか、それとも嘘をいえというのか、これをはっきりして頂きたい。」
この点に連関して、午後の法廷で林弁護人の行った弁論の中に、特別注目をひく箇所があった。「さる十月二十七日に石川検事が東京地検の三階の会議室で、検察事務官に対する刑事訴訟法の
前へ
次へ
全9ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング