講義において次の如き三鷹事件に対する検事の方針がのべられている」とその内容を明かにした点である。「これは、裁判は証拠中心主義のものであって、公判において証人尋問を申請し、尋問することは重要なことである。この際A証人がのべた内容と、検事側の主張するB証人の陳述内容とが異るとき、この何れかは偽証罪となる。検事側の主張するB証人の内容が正しいのであれば、証人A、すなわち被告側に有利な証言を法廷において述べた者は、これを偽証罪の現行犯として直ちに逮捕することができる。また現在こうしなければ非常に危険である。第二として法廷における証人尋問に対して公判期日において証人尋問することはできないが、これは刑訴第二九九条によりあらかじめ証人の住所、氏名を相手方に知り得る機会を与えなければならない。しかし、証人尋問は重要なことであるので、この度の三鷹事件の公判に際して、証人を多数申請することと思うが、大事な証人になると、まずもって法廷内に証人を入れておき、公判の途中で証人申請の手続をなし、証人は現在この法廷にいるといって直ちに証人尋問をはじめる、こうすれば証人尋問を有利にすすめることができるというようなことを仄聞している。かりにこれが事実とすれば、われわれは相当証拠があるのでありますが、これが事実なりとすればこの公判は起訴後の公判においてすらわれわれは検事の偽証罪、現行逮捕という脅迫のもとにこの公判をつづけねばならない。われわれはかかる検事の脅迫のもとには絶対公判をすすめることはできない。」ニッポン・タイムスは十一月五日の紙上に、当局が一二〇人から一三〇人の証人を用意していることを報道した。林弁護人の弁論とそのこととを合わせて考えるとき果して人々は何かの疑問にうたれないだろうか。
飯田被告は第二回公判(十一月十八日)の法廷で「特に残念だと思うのは証人関係です」と言及している。「本当のことをいうと偽証だといってやられる。真実を語ることができる者は、最大の勇者であるという言葉をきいたが、実際、あの雰囲気の中で、三〇回近くもよばれれば検事のいうようになって、偽証罪をまぬがれたくなる。真実をいった者は偽証罪になっている。」「これは単に私が罪になる、ならないの問題でなく、日本の民主主義を擁護しようとする民主的な人々、全人民の問題だ。」
同じ日の法廷で被告外山も「残念ながらとうとう最後までがんばれなかった一人」として次のことをのべた。「お前がたよりにしている石川は偽証罪で逮捕してやる。本調査を妨害すれば、誰でも逮捕するだろうといった。この時私は顔色が変った。そうなったらどうしよう。白を白だといって偽証罪で逮捕されるなら、俺の白は誰が証言するだろう。そう考えると気持が弱くなってきた、」と。
被告たちは、このような精神的苦悩のうちにあつい夏じゅうを獄中に過した。林弁護人は弁論中、彼らは「あくまで重要犯人であるとして被告人相互の連絡を防止するという意味で、窓には板をはり、わずかの硝子戸しかすきまがなく、ほとんど日のめをみることができない。また、一切の書物は刑務所備えつけのものすらよむ自由を与えなかったのである。さらに、われわれがゆく前には運動すらも、監獄法によって所定されている運動すらも、人手がないというので絶対に許されておらない、しかも外部からの面会、差入れは絶対に禁止されていた。」(林弁護人陳述、速記録による)このことは、おそらく被告たちが六法全書さえ読むことができなかったかもしれないことを意味する。被告たちが、新刑事訴訟法について知らず、認定でやってやる[#「認定でやってやる」に傍点]という検事の言葉におびえたわけもわかる。
第一回の公判廷において、被告とともに公訴とりさげを主張し、あるいは、法の公正と人権擁護のために立ったのは、自由法曹団の弁護人ばかりではなかった。弁護士界の長老である正木、長野、和光、吉田などをこめる十一名の弁護士がこの公判に参加している。これらの弁護士団は、「本件の如き憲法や新刑訴の趣旨を蹂りんしているのではないかと被告がすでに思っているような事件においては」「法令が適正に運用されているかどうかを注意し、いやしくも非道、不正を発見したときにはこれが是正につとめなければならない。これは個人の被告人がいかなることをしたかということを離れて、公の公共的な立場において国家のために監視しなければならない。これがわれわれ弁護士の使命である。」「弁護士の本質は自由であり、権力や物質にとらわれてはならない。あに権力のみにかぎらない。世評などに対しても必ず左右されてはならない。」(長野弁護人)「司法権の最も大切な、重大な問題としては検事の不法取調べという問題がおこっている。こういうことを果して看過していいかどうかということについては、吾々は深く憂う
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