な人権に加えられているでっちあげを徹底的に排除しなければうそであると思う。
 三鷹事件の公判に対するわたしの関心は、はっきりした一つの焦点に集注された。この事件が起訴されるまでの全過程を通じて、検察団はどのように行為したか。そして、これからどのように行動して法律をつかうかという点が十分監視されなければならないということである。どういう結果であれ、人々は真実の事実を知りたいと思っているのだ。事実を。――

 十一月四日、十八日、二十一日、二十五日、二十八日と三鷹事件の公判がすすんで来た。昨二十九日の新聞によると、公判は、被告十名の共同正犯と二名の偽証罪を、検事団の証拠とするところによって検討する段階に入った。ところで、前後五回の公判廷にはどのような光景があり、被告はどのように、弁護人はどのように陳述して来ているだろうか。
 第一日の十一月四日、法廷にはニュース映画のカメラ、ラジオの録音の機具まで運びこまれ、まぶしいフラッシュの閃きの間に赤坊の泣声がまじり、十二名の被告が入廷するという光景であったことが、各紙に報ぜられた。その前日ごろわたしたちは、裁判所の一部にバリケードがこしらえられた写真を新聞の上で見た。そして検事団の、公判に対する確信が語られている記事もよんだ。
 ところがその公判第一日は、すでに知られているとおり注目すべき結果に終った。公判廷は「ついに起訴状朗読にはいたらず午後五時三十分閉廷した」竹内被告をのぞく十一名の全被告が意見開陳にあたって、強力に、公訴取消しを要求した。その理由は、この事件の取調べは、検事側の威嚇と独断と術策によってすすめられたもので、人権は蹂躙された。したがって被告としては各自にとって事実無根の公訴をみとめることができないというのが、共通の趣旨であった。二十九歳の元検査掛の被告竹内景助が、他の十一名の被告たちと同じ発言をしないで、直接取調べにあたった検事たちが、きょうの公判廷に姿を見せていないことをいぶかりくりかえして、係検事たちの出廷を求めた事実は翌日の各紙上にもつたえられた。三鷹事件に連座した十二名の被告たちのうち十一名は共産党員であり、竹内被告は党員でない。それだけでなく、彼の立場は十二名の被告たちのうちで最も複雑であった。
 竹内景助が「逮捕されたのが八月一日。最初は犯行そのものを否認しつづけ、同月二十日に至り平山検事に単独犯行を自供した。それが九月十三日になって、神崎検事に対してこんどは自分一人ではないと共同正犯を主張した。そして相川検事にもこれを述べ、さらに十一月二日には自由法曹団の弁護人をことわり十一月四日の第一回公判となり」(一一・一八、読売新聞)十二名の被告のなかで、彼ひとりが、自由法曹団外の鍛冶、栗林、丁野の三弁護人を選任して出廷したのであった。偽証罪として起訴された石川、金の二人の被告を加えた十一名と、自由法曹団の弁護人たちが、七十歳の布施辰治を先頭として、はげしく検事の取調べの不当を非難した第一日の公判廷で、竹内被告の弁護人鍛冶だけが「個々の被告の人権を尊重し、被告個人の特殊性を無視して一色に塗りつぶしてはならぬ」と要望(五日、読売)したには、以上のいきさつがあった。学生服や開襟シャツに重ねた仕事着姿の被告たちにまじって、ただ一人きちんとネクタイをつけ上着のボタンをかけた背広服姿の竹内被告が、腹の下に両手をくみ合わせ、やや頭を左に傾けた下眼づかいに正座している当日の彼の写真は、全身の抑制された内向的な表情によっても、同じベンチに並んでいる他の被告たちの動的で、いくらか亢奮した反応が陽性にあらわれている様子とは、おのずからちがって自分を意識していることを示している。
 第一日の公判廷は、十一名の被告が一人一人たってその一人一人が、取調べの過程で検事が云ったことを具体的にあげてその非合法的なやりかたの不当をはげしく訴え、全法廷が公訴取消を要求する声々でいっぱいになって「遂に起訴状朗読には至らず」閉廷したのであったが「法廷両側に貼られた『傍聴人心得』の必要をみとめないほど、この日の法廷は野次も旗も労働歌もない、ただ熱心にメモをとるばかりの傍聴席風景だった。」(一一・八、東京新聞)
 被告たちが、いっせいに公訴の不当を訴えた根拠というのは、どういうものだったろう。
 公判第一日の速記録によって被告たちの陳述をあとづけてみる。
 午前の人定尋問の時、立って「この公判は重大であるから公判の検事ならびに裁判長以下裁判官の名前をわからして頂きたい」と発言して、布施弁護士によってその要求を具体化した被告飯田七三(三二)、もと三鷹電車区検査係、同分会執行委員長は、午後の法廷でさらに発言を求めて次の様に述べた。「最初申しあげた通りこの事件がいわゆる普通の刑事事件と違うということをもっとも端的にあ
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